【短編】ぶろーくん☆くえすと

 貰ったお題『主人公は子持ちのママ』『ラスボスは別れた旦那』『カルバン・クラインのパンツ』を題材にした小説です。

 よかったら感想など聞かせて貰えると嬉しいです。

 が、前作に比べて我ながら面白くありません!
 ……暇人だけ読めばいいですよ(爆)
 酷評お待ちしてます。



 かくて、勇者キョーコは魔界と人間界をつなぐゲート――《選我橋》<ヴェラリア>へ仲間と共に辿り着いたのであった。
「この門を封印すれば、私たちの戦いは終わる!」
 ゲートを前にして、キョーコは仲間に檄を飛ばす。
「…………」
「ああそうだな」
「へへ、長くかかった旅もようやくここで終わりか」
 仲間達も感慨深げにそれに答える。
 ゲートを守っていた魔族達は殲滅した。
 魔界にはまだ七大魔王達や真なる闇を司る終末神ガッサランサがいるとのことだったが、それもこのゲートがつぶされてしまえばそれまでだ。
「では、これより封印の儀を行う!」
 キョーコがそう叫んだ瞬間――仲間の魔法使いが背後から切られ、どさりと倒れた。
「な……馬鹿な」
「お前正気かっ?!」
 突然の凶刃に仲間達はどよめく。
「そんな……どうしてなの?」
 キョーコは魔法使いゲーマルクを斬り殺した仲間―― 騎士ゲンタへ問いかける。
 彼は彼女の最初の仲間であり、この旅の最初から最後まで、心身ともに、かけがえのない仲間として戦ってきた、誰よりも信頼できる仲間だった。
 たとえ、他の誰が裏切ったとしても、彼だけはきっと彼女のために戦ってくれる――そう信じていた。
 ――なのに、どうして。
「……やっぱり、間違ってる。こんなやり方」
「一体どうしたっていうんだ!? そもそもゲートの封印を提案していたのはお前じゃないか」
「訳が分からないわ! ちゃんと説明して!」
「……もう、遅いっ!」
 叫ぶ仲間へと騎士ゲンタが黒い両手剣を掲げ、飛び込んでくる。
「やめてゲンタ!」
 キョーコは手にした白き剣をもってゲンタの両手剣を受け止める。
「キョーコ……きみが相手だって容赦はしない!」
「一体何があったのよ! どうして!」
 突然の裏切りに仲間達も武器を構えるものの、鍔迫り合いをする勇者キョーコを思って動けない。
 そこへ、ゲートの向こうから次々と魔族の増援がやってくる。
「まさか……」
「最初からお前は魔族と通じていたのか」
 仲間達の糾弾の声にゲンタは厳かにつぶやく。
「俺はもはや魔族の一員。今日より俺は暗黒騎士ゲンタだ!」
 そして彼の体は暗黒の力に包まれた。



 DISC1終了しました。
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▽はい   いいえ



 ディスクを入れ替えてください。 



「はー、ここで裏切るか。やるわねぇ」
 と、河西恭子(かわにし きょうこ) はコントローラーをおいた。
 ゲームをディスク2に入れ替えないといけない。
「しかし、勝手な男よねえ。元ネタのあいつとまるっきり一緒じゃない。ゲンタって名前のやつにろくな男はいないわね」
 河西恭子――旧姓朝永恭子は朝永元太(ともなが げんた)の元妻である。残念ながらファンタジー世界で世界を救う勇者でも何でもない。それはただ単に彼女が自分の名前をゲームキャラにつけただけである。
 現実の恭子は来月で23 歳を迎えるまだぴちぴちの女子である。誰がなんと言おうと。
 夫とは去年に離婚したが、今も子供の親権を巡って裁判中である。
 その判決は来月の――彼女の23歳の誕生日に告げられる予定である。
「あーもー、裁判所もけったくそ悪いわね。なんでまたそんな日に裁判所にいかなきゃいけないのよ。空気読みなさいよね」


ぶろーくん☆くえすと

 その日は唐突に訪れた。
 何の前触れもなく、彼が言ったのだ。
「この書類にサインをしてくれないか」
 出された書類を見ると、そこには離婚届と書かれていた。
「別れよう」
 あまりの事態についていけず、恭子の頭は真っ白になった。
 近所でも評判のおしどり夫婦――少なくとも自分ではそう思っていた。なのにどうしたことだろうか。どこでどう間違えたのか。
「な、なんで?」
「…………今までの態度で分かるだろ?」
 言われて、二年間の結婚生活を思い返すも、やはり何も思い浮かばない。
 20歳の時にできちゃった結婚をして、恭子は女子大をやめ、家事と子育てに専念してきた。
 夫の元太も若いながらも靴屋の店長として仕事をこなしてきた。
 それなりに安定した、不況の世間一般からすれば幸せな生活だったと思う。
 彼女は元太に一度も口答えしなかったし、元太は一度も彼女にわがままを言わなかった。
 結婚してから、二人は一度も喧嘩ってものをしなかった。気味が悪いくらいにうまく行っていたと思う。
 そして、子供も二歳になりそろそろ幼稚園も考えていた矢先なのに。
 なのに、突然の別れ話。
 恭子は何も考えられなかった。
 訳が分からないまま、言われるままに書類に判子を押して ――その後どうなったか分からない。
 気がつけば、実家で呆然とこたつに座っていた。
 子供の泣き声が聞こえないことに違和感を感じて暴れたこともある。
 父は今裁判で親権をもらえるように努力している、と言ってくれた。
 知らない間に半年も時間は過ぎていた。
 何かする気力も起きず、彼女は来る日も来る日も実家でぼーっと壁を見て過ごしていた。
 いや、自分では覚えてないが、時々夜中に子供の名前を呼んで暴れてることがあるらしい。
 息子の元(ハジメ)はどうしてるだろうか。
 夫である、元太が好きすぎて、ハジメなんて名前をつけてしまった過去の自分が軽く恥ずかしい。
 いや――今も元太のことは好きだ。勿論ハジメのことも。
 世界中の誰より愛してると断言できる。
 けれど、もはや二人とも今は自分の側にいない。
 それだけでもの悲しかった。
 そして、ある日、彼女が部屋に転がっているTVゲーム機に気づいた。
 そこには一つのゲームが入っていた。
 それは別れる前にやりかけたファンタジーRPGだった。
 タイトルは『クエスト・オブ・マギマギ』――略してクエマギ。
 ゲーム好きの元太が発売日に買ってきたゲームで、主人公は男と女が選べる。主人公と、そのヒロインは名前を指定することができ、主人公が男なら女が、女なら男がヒロインとなる。主人公は勇者で固定だが、ヒロインの職業は開始時に騎士や魔法使い、僧侶など色々と選ぶことが可能だ。
 ゲーム発売前に見たCMではエンディングでの勇者とヒロインの結婚式の映像がネタバレ全開で流れていた。
 何故このゲームがこちらの家にあるのか分からない。もしかしたら親が間違って持ってきたのかもしれない。
 本当は、もっと別にすることがあるのだと思う。
 けれど――やることもない彼女はゲームの世界に現実逃避を開始した。
「せめてゲームなら、元太も私の側に居てくれるわよね」



 幾多の困難の後、勇者キョーコは魔界の七大魔王の信任を受けて暗黒皇帝となったゲンタと対峙し、なんとか倒しかけるも、ゲンタは真なる闇を司る終末神ガッサランサと運命合体。大いなる闇の化身となってキョーコの前に立ちふさがった。
 しかし、地道なレベル上げが得意な勇者キョーコによって、見事三ターンキルを喰らったのであった。
「くぅ……ここまでか」
 そんなゲンタの側に魔族の娘が寄り添い、涙を流しながら言う。
「もういいのです、ゲンタ様。あなたはもう、……存分に戦われました。もう、もうこれ以上戦うことなど神が望んでも、我らが……あなたの民が望みません」
「そうか……俺は皆の役に立ったのだろうか」
「ええ、存分に。勿体ないほどの恩恵を我らは受けました」
「そう……か」
 かくて、人類に反逆せし暗黒騎士ゲンタはここに倒れた。
 勇者キョーコはかつての戦友の墓を魔界に建て、新たなる魔界の神として祀らせ、人間界へと帰っていた。
 こうして世界に再び平和が訪れたのである。



 壮大な音楽と共に流れゆくスタッフロールを見て恭子は呆然とした。
「え…… なにこれ?」
 恭子が知っているマギクエのエンディングとはほど遠いエンディングが目の前に繰り広げられていた。
 ヒロインポジションのキャラが一時敵に操られたりしてパーティを離れて、ボスキャラになったりすることはそんなに珍しいことではない。
 でも、最終的には仲間に戻ってきて、一緒にラスボスを倒すのが普通のはずである。
 だが、どうしたことだろうか。このゲーム世界の『ゲンタ』は勇者キョーコを裏切ったまま、ラスボスと合体してキョーコに殺されてしまった。
「…………」
ピポパピポパパポ
 即座にかけたケータイからコール音が何度も聞こえてくる。
 やがて留守電に切り替わるが、彼女は即座に電話を切って、かけ直す。
 何度も何度もそれを繰り返し、そろそろ二十回に到達するかと言うところで相手が電話に出た。
『もしもし?』
「ケーコ? あたし」
『えっと、河西先輩? あの私講義中で――』
「そんなことはいいんだけど、あんたゲーム好きのオタクだったでしょ」
『いや、別にそんな訳じゃ……というか、今大学の――』
「そういうのいいから」
『…………』
 高校時代の後輩が押し黙るのを確認してから、恭子は再び口を開く。
「マギクエ知ってる? 知ってるよね。あんたゲーオタだもんね。
 隠してるつもりか知らないけど、昔から部活でバレバレだったから。
 で、今やってみたらなんかあたしの知ってるエンディングと違うんだけど?
 なんかヒロインが裏切ってラスボスはってんだけどなにこれどういうこと? バグ? バグよね? バグに違いないわよね?」
 まくし立てる恭子に電話の向こうで押し黙る後輩。
「喋っていいわよ」
『あ、はい。
 えーと、それはマルチエンディングだからですよ。何せそのゲームはブルーレイ5枚組という空前絶後のボリュームで作られた超大作ですからね。
 なんと、最初に用意されたエンディングは100種類!
 主人公とヒロインの職業の組み合わせによっても変わるし、ストーリーの途中のシナリオでも色々と変わります。全部のイベントをチェックしたら総プレイ時間は一年近くかかるんじゃないかとか言われる前人未踏の超大作で、さらには今でもアップデートパッチが毎月更新されてて、新エンディングやイベントが追加されていってるくらいです。
 その完成された世界観は幾らでもストーリーの幅がききますので、脚本家達もいろいろと刺激されるんでしょうね。
 アニメの脚本やドラマの脚本を書いてる人も参加してるとか』
「ケーコ。ケーコ」
『だから、普通のエンディングの他にバッドエンディングもすごい豊富なんですよね。
 バハ○ート・ドラ○ーンって知ってます?
 あれなんかみたいに、主人公とヒロインの仲が上手く行かないパターンも結構豊富にあるらしいです。
 豊富なトレビュートシナリオのおかげでこのゲームは後10年は遊べるとも言われてて』
「ケーコ? 聞いてる?」
『あ、はい、なんでしょう?』
「喋りすぎ」
 トゲのある言い方に相手が押し黙る。
「あんた、自分の得意分野になるとそうやってべらべらべらべら余計なことまで喋り出すところ直した方がいいよ。
 それのせいで一発であんたがオタクだって分かるもの。
 周りの人はあんまり言わなかったかもしれないけど、あんたのお喋りのせいで周り結構迷惑なの。気づいてなかったの?
 気づいてなかったとしたらどうしようもないあんぽんたんね。
 別に私はあんたが嫌いだからこういうこと言ってるんじゃないの。
 あくまであんたのためを思って言ってるの。分かる?
 ほら、電話越しに泣かれても何も解決しないから。そういう可哀想な私アピールいいから」
『あ゛、ばい゛、ずびま゛ぜん゛』
 電話越しにぐずった声を聞きながら恭子はため息をつく。
「そんなんじゃあんたいつまでも彼氏できないわよ。あんたの隣の部屋にすんでた戸坂さんだっけ? あの子と同じでいきおくれになるのがオチだわ」
『あ、戸坂さんは結婚したそうですよ』
「え? マジで?」
『はい、若いイケメンの医者と』
 後輩の言葉に恭子は驚愕する。戸坂――戸坂マユキと言ったらこのマンションで知らぬ者のいないお転婆娘である。高校時代、今の同じ部活の先輩として接したが、戸坂マユキについては生粋のトラブルメイカーで屈強な男どもをちぎっては投げしていた化け物のイメージしかない。少なくとも、結婚するようなタイプではなかったように思う。
 しかも、イケメンの医者をっかまえてきたとは世の中なにがなんだか分からない。
『あ、そう言えば先輩も結婚して ――』
ガチャッ ツーツーツーツー
 余計な雑音が耳に入ったので、恭子は即座に電話を切った。
 とりあえず、このゲームには色んなエンディングがあり、たまたま喧嘩別れENDに辿り着いたのが真相らしい。
 なんともついてない。ゲームの世界でも振られてしまうとは。
 再びやることがなくなって呆然とする。
 不意に、頭の中にこのゲームを買った時の記憶が浮かんでくる。

――「ついでに、下着買い足したいんだけど」
   「それならスーパーで買ったのがあるじゃない」
   「いやいや、知り合いにカルバン・クラインのパンツがいいって勧められて」
   「なにこれ、高いじゃない」
   「駄目かな」
   「そうね。じゃあ、そのゲームクリアしたら買ってあげるわ」――

 思い出すと同時に、彼女は立ち上がっていた。
 ぼさぼさの髪に櫛を通し、化粧を整え、服を選び、外へ向かう。
「お買い上げ、ありがとうございました」
 気がつけば、数分後、クレジットカードでカルバン・クラインのパンツを購入している恭子の姿があった。
 しかも、プレゼン包装までしている。
 ――私、何やってるんだろ。
 まるっきり自分の行動が分からない。
 こんなもの、もう渡す機会もないのに。
 家に帰ると、テレビ画面にゲームのエンディングが終わったことが表示されていた。
 そして、こうも綴られている。

強くてニューゲームしますか?
   ▽はい   いいえ

 勇者キョーコの物語は終わった。
 でも、まだプレイヤーである恭子の物語は終わってない。
「…………」
 彼女は自分の手元にある紙袋とテレビ画面を見比べる。
 これ以上このゲームをやることに何の意味があるのか。
 いや、そもそもこのゲームをやる意味なんてなかったはずだ。
 だが――。
 彼女は座り込むと、ゲームコントローラーを手に取った。



 と、言うわけで魔族達の悲しい過去を知った勇者キョーコは人類と魔族の共存を模索するも、聖堂騎士ゲンタにより異端認定を受け、人類の敵となった。
 キョーコは魔族の軍勢を率いて人間界へと攻め込むも、人類の悪意の結晶たる究極人造人間と対峙したが、すでにレベルマックスだった勇者キョーコに素手で殴ってるウチにいつのまにか勝利を収めた。
 究極人造生命体を操っていた聖堂騎士ゲンタはキョーコの最後の弱パンチによって、究極人造生命体と共に爆散した。
 これによって、とりあえず主だって反抗する勢力は全部勇者キョーコによってぶちのめされたので人類と魔族の共存の道は再び模索されることとなった。
 そんなこんなでエンディングである。


「て、なによこれ!」
 強くてニューゲームのおかげかサクサクと物語は進んだのだが、いつのまにやら前回と立場が逆転して勇者が魔界側について、パワーゲームで片付けてしまった。
 まあ、大筋のシナリオはこの際どうでもいい。
「なんでまた、ゲンタは聖女とかいう他の女とくっついてんのよ。ていうかあんた前の時は魔族側についてたくせに『異端は消毒だ!!』とかいって虐殺しまくって!
 どういうつもりなのよ!」
 彼女はコントローラーをぶん投げ、居間にゴロゴロと転がる。
 すると、そこには昨日買ったカルバン・クラインのパンツが入った紙袋があった。
「…… 買いに行かなきゃ」
 よく分からないけど、ゲームをクリアしたのだ。
 元太のためにパンツを買いに行ってあげなければならない。
 そう思い、再び彼女は立ち上がった。


 ここまで来るとヤケである。
 恭子は腹をくくった。
 ゲンタと結ばれるまでこのゲームをすることにしたのである。
 だがしかし、何が悪いのか、何度やっても、どんなルートに変えても、ゲンタはかならず物語の途中でキョーコと喧嘩別れするのである。
 エンディングリストにもバッドエンドや後味の悪いエンドばかりがたまっていく。
 百歩譲ってゲンタとは結ばれないとしても、もっと後味のいいエンディングはなかったのか。
 もしかしたらデータが古いせいかもしれないと思って、後輩に電話して深夜に家に呼び寄せ、ゲームをアップデートさせてみたが、余計に酷くなった。
 何故か、恭子の思うとおりにプレイングすると破滅的なシナリオへとしか分岐しないのである。
「……このゲームのシナリオライターは全員頭おかしいんじゃないの?」
 後輩にはここまでバッドエンドばかりたまる人初めてみましたと空気を読まないことを言われた。その発言はどうかと思ったので三時間ほど説教し、生まれてきてごめんなさいと泣いて謝るまで反省させた。
 そして、彼女の部屋には馬鹿みたいにカルバン・クラインのパンツがたまっていった。
 律儀にも、クリアするたびに色違いなどバリエーションを変えて買って来たのだ。
 気がつけば、彼女の誕生日――すなわち、裁判の判決の日になっていた。
 連日ゲームばかりする娘にかける言葉もなかったのか、親たちは裁判に行ってくるよ、と書き置きだけ残して出て行った。
 いや、恭子が気付いてないだけで、たぶん両親は声をかけてくれたに違いない。ただ、恭子はそれを無視し続けてきたのだ。
 そして、また恭子の望まないエンディングが画面に表示される。
「だぁぁもぉぉっ!」
 恭子は叫び声を上げ、部屋に寝転がる。
 すると、両手両足にかさこそと紙袋が当たる。
 我に返って部屋を見渡した。
 そこには、渡すアテのない紙袋がずらりと部屋を埋め尽くしていた。 
「……あれ? なにこれ?」
 六畳一間を埋め尽くす異様な光景に恭子は我に返る。
 足の踏み場もないとはまさにこのこと。
 部屋中、どこを見回してもカルバン・クラインのパンツが入った紙袋が積み重なり、部屋を埋め尽くしている。
 そこで、ようやく彼女は気付いた。
「……私、なにやってたんだろう」
 呆然と、目の前の現実を――否応なく直視する。せざるを得ない。
 他にもっとやることがあったはずだ。
 何故、こうなるまで目を逸らし続けた。
 何故、こうなるまで耳を塞ぎ続けた。
 何故、何故、何故……。
 ……寒い。
 一人は寒い。
 一人は寂しい。
 どうしてこうなってしまったのか。
 部屋中に積み重なった紙袋を数えていく。
 72袋もあった。
 つまり、72回。いや、先ほどのものを含めれば73回も勇者キョーコはゲンタに振られたのだ。
 現実ではないとはいえ、何度も、色んな行動を起こしても、それでも……キョーコはゲンタに辿り着けなかった。
 現実の自分と同じように。
 やはり自分ではゲンタ――元太には辿り着けないのか。 
 呆然として、彼女は部屋から視線を逸らし、テレビ画面を見た。
 そこにはここ数ヶ月見慣れた文字が並んでいた。。

強くてニューゲームしますか?
   ▽はい   いいえ

 強くてニューゲーム。果たして自分はこの数ヶ月、何か強くなったのか。
 そして、ニューゲームを……またやり直せるのか。
「…………」
 恭子は無言で立ち上がった。
 部屋から出ると、『裁判に行ってくるよ』と書き置きが目につく。
 そうだ……まだ終わってない。
 まだ……やり直すことが出来る。
 まだ、ニューゲームに行ける。



 恭子は自転車に飛び乗り、駆けた。
 裁判所は隣町。
 全力でこげばまだ間に合う。
 数ヶ月、ゲーム漬けだった体にはとても辛い。
 でも、今頑張らなければ、いつ頑張るというのだ。
 彼女は力の限りペダルを漕ぎ――駆けた。
 坂道を降りたところで、自転車を乗り捨て、走り、そして、巨大なショッピングモールの中を突っ切る。
 このショッピングモールは大通りの通行を遮断するようにあり、車で自宅から裁判所へ移動する場合はショッピングモールを迂回する形になる。
 徒歩ならばショッピングモールを突っ切った方が早い。 
 息も絶え絶えに、恭子は走り――、人並みをかき分け、裁判所へひた走る。
 そして――裁判所へ向かう子連れの男性を見つける。
 見覚えのある後ろ姿。間違いない。間違えようがない。
「げんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 あらん限りの力を込めて彼女は叫ぶ。
 最初に反応したのは、息子のハジメだ。
 恭子の絶叫にハジメは振り向き――手を振ってくれた。
 それだけで泣きそうになる。
 ――覚えていてくれたんだ。
 そう、現実とゲームとの違い。
 恭子と元太には、息子がいる。
 そして――。
「……来たのか」
 元太が振り向き、言葉を履く。
 こちらは部屋着のまま、化粧も何もせずぼさぼさの髪とボロボロの肌にやせこけた体を相手に晒している。
 醜態もいいところだ。千年の恋もこんな姿を見れば醒めてしまうだろう。
 だが、今更そんなことを繕ってもどうにもならない。
 恭子は来る途中のショッピングモールで買ってきた紙袋を元太に突き出す。
「……これ」
「ん?」
 紙袋を突き出され、元太は戸惑う。
「あげる。……欲しがってたでしょ、カルバン・クラインのパンツ」
「……は?」
 困惑する元太だが、恭子はともかく紙袋を突き出す。
「………… あげるって言ってるの」
「はいはい、分かったよ。貰えばいいんだな」
 元太はため息と共に、紙袋を受け取る。
「…………73個」
「ん?」
「全部で73個あるから、それ。うちの部屋に残り72個もある」
「はぁぁぁぁ? なんでそんなに買ってんだよ。馬鹿じゃねーの」
 元太のツッコミに恭子は頷く。
「ええ、馬鹿よ。この73個はあんたと私がいかに合わないかってのを証明する数字でもあるわ」
 そこで息を吐く。
「…… でもね」
 我知らず、目頭が熱くなる。馬鹿馬鹿しい。まだ泣くところじゃない。いや、どこにも泣くところなんてない。
 ……なのに、なんで、こんなに目が熱いのか。
「でもね、それは……私が元太を諦めきれなかった数なの。
 何度やっても、何度諦めようとしても、何度終わらせようとしても……。
 それでも、もう一度……もう一度! もう一度! …………もう一度だけ。
 そのもう一度が何度も何度も積み重なって……。
 ええ、私は馬鹿よ。自分勝手で、ワガママで、いい加減で、向こう見ずで、意地っ張りで、かわいいところなんて何一つない、馬鹿な女よ。
 ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。今まで色々と迷惑をかけたと思う。気付かなくてごめんなさい。
 ああもう、本当に、自分で自分が恥ずかしいわ。
 私なんて、本当に最低な女よ。
 でも、……それでも。
 あんたが好きなのよ! 諦めきれないのよ! 嫌われてもいい! 軽蔑されてもいい!
 でも、もう一度……もう一度、私と! 私と……私と元(ハジメ)と! ……やりなおしてくれませんか」
 そこまで言って彼女は力尽き、がくんとその場に崩れ落ちる。
 いつの間にか我慢していたはずの涙がこれでもかというくらいボロボロと流れ落ちていく。
 大の大人がだらしない。
 裁判所のエントランスで周りのみんなが見てるのに、ハジメが見てるのに、とまらない。
 大粒の涙を滝のように流しながら、わんわんと恭子は泣く。
 そんな恭子にハジメがよたよたと歩き、近づいてくる。一年ぶりにみるハジメはとても大きくなっていた。
 当然だ。もう三歳になるのだから。
「ママ? どーちたの?」
 恭子は何かを言おうとするも、言葉が出ず……ただ黙って数年ぶりに自分の息子を抱きしめた。
 それを見て元太は――恭子のかつての夫は。
「はーぁっ」
 深く大きくため息をついた。
「なんだよこれ? 卑怯じゃね? 何でも泣けば許されると思ってんのか?」
 がぁぁぁと後頭部をかきむしりながらうめく元太。
「……やっぱり、ダメ?」
 息子を抱きながら、目を潤ませ、元太を見上げる恭子。
「………………ちっ」
 元太は大きくため息をつく。
「お前が俺に謝ったのって今日が初めてだからな」
 元太の言葉に恭子は目を見開く。
「じゃあ……?」
「まずは、友達からやり直しだ」
 そう言って元太は手をさしのべる。
 恭子はすぐさまそれに飛びつきかけるも――ぐっと堪えて相手に問い直す。
「……いいの?」
「お前から言い出したんだろ?」
「……そうだけど。完全なやり直しじゃないよ。これは強くてニューゲームなんだよ?」
「人間の過去が簡単にリセットされてたまるか。
 ……まあいいじゃないか、子供付きの強くてニューゲームもあっても」
 そして、恭子はおそるおそる元太の手を取る。
 こうして――勇者ではない恭子の本当の強くてニューゲームが始まったのであった。


To Next Newgame?



 てな訳で、なんかよく分からない作品となりました。
 んー、前作があんなに明るかったのにこれはどうしたことか(笑)
 最後になんかいい話っぽくまとめてるけど……全然そんなことないからっ! ダメダメだからっ! 残念!
 しかし、これはある種奇跡の話です。
 こういう場合、大概裁判の判決の日になっても、正気に戻らないまま、もう何年もゲームをクリアする度にパンツを買いに行く奇行を繰り返す可能性が高くて、末期になる前に正気になってよかったね!という……え? 全然そうは思えない? ですよねー(笑)
 しかし、バツイチって、それだけで軽く話が重くなりますね。しゃれにならない。
 ニートはまだギャグになるけど、バツイチで子持ちの引きニートはまずい。社会的に笑えない。
 難しいなぁ。
 こう、バクマン的な、ですね。シリアスな笑いを取りたかったのですが、大いなる失敗でした(笑)
 うーん、難しい。
 さて次は、【キャプテン・ブラボー】か【電気アンマー】です。