進捗報告 2/22 分 + 第二章公開

 131枚まで達成。
 うーん、予想より展開が進んでない。まあ、二章でやる予定だったことを二章と三章に分けよう。
 そして、ここは一つ話題作りに第二章もぽん、と公開してみます(笑)
 こちらも改善点が沢山あると思われるので、時間のある人は批評してみてください!




『楽園のキミ、監獄のボク(仮)』

序章 英雄星の少年

 こちら参照

第一章 騎士星の少女

 こちら参照

第二章 王者星の少女

 次の日。登校すると、そこに待っていたのは酷い学園生活であった。
 朝から学校中の女に飢えた馬鹿な男達に「昨日の女は何だったんだ」とひっきりなしに問い詰められ、それを取りなす教師達にも「で、ホントのところどうなんだ?」と聞かれる始末である。
 おおよそ女とは無縁そうで、むしろ日頃から「女とかだるい」などと公言してはばからなかった校内でも指折りの変人であるアルジを襲った大きな変革をイベント好きな学園の仲間達が見逃すはずがなかったのだ。
 放課後になり、人気の少ない旧校舎の隅に逃げることによって、アルジはようやく一息つくことが出来た。
『なかなかの人気者のようなのよ』
 誰もいないせいか、学ランの胸元からひょっこりと半透明の童女が顔を出す。透明化は任意で行えるらしい。
「いや、ただ単に珍獣扱いされてるだけだ」
 言いながら、旧校舎の廊下に何故か置いてあるソファーにどか、とアルジは寝転がった。昨日の化け物との戦いで、体中がぼろぼろである。あかねは回復魔法などという器用な真似は出来ないし、学ランがボロボロすぎてそれを修繕するのにも時間がかかった。大事な一張羅のツギハギが更に酷くなっている。いい加減新しいのを買え、と教師達から言われているが、この学校に来るのを維持するのが精一杯だったりする家庭環境ではどうにもならない。
 ――かといってバイトをしないのは怠慢だな。
 アルジは分かっていながらも独りごちる。『そんな調子で大丈夫か?』
「なあに。いつものことだ」
 そう言ってアルジは立ち上がった。正直歩くのも辛いが、そうも言ってられない。アルジにはやることがある。
 ――俺も所詮男と言うことか。
 女嫌いを公言しつつも、この童女の前で見栄を張っている。男とはかくの如く情けない生き物だとアルジは溜息をついた。
「俺はこういう星の下に生まれたらしいからな」
 その言葉に童女は首を傾げる。
『別に、星など関係ないのよ。あるとすれば、それは果たすべき天命なのよ』
 ぴたり、とアルジの足が止まった。
「――じゃあ、お前が俺を不幸だと断定した理由はなんだ?」
 何を今更、と言った風に童女は溜息をついた。
『お主、守護霊がおらぬではないか』
「え? そうなのか?」
 アルジは目をぱちくりとさせる。
 ――その発想はなかった。
『守護霊の格に応じて厄とはやってくるものなのよ。
 弱い守護霊の持ち主には、弱い厄が。
 強い守護霊の持ち主には、強い厄がくる。
 当然、強い厄より弱い厄の方が多い。だから、お主は頻繁に弱い厄に襲われるのよ。強い厄と出会うなど希事なのよ。
 逆に、守護霊がいないおかげで大きな厄には襲われなくて済んでるのよ』
 ――で、普通ならたわいもない弱い厄をノーカードで受けてるせいで何度もしょうもないトラブルで死にかけている、と言う訳か。
 童女の説明を聞いてこの情報をどこまで信じるか悩む。あの魔女は確実に星を基準にして運命を観測しているそぶりを見せていた。だが、この童女は運命という概念をあまり持ち合わせてないらしい。この齟齬がどこから来るのだろうか。オカルトの宗派の問題か。それとも認識の問題か。
「でもまぁ、これでお前の正体はほとんど確定したな」
『ふみみ?』
 童女が首を傾げる。何がポイントになったか分かってないらしい。アルジにとっては、星に運命を託さず、厄や守護霊などの考え方が決め手だったのだが、自分達にとっては当たり前すぎて逆に気づかないらしい。
「……神だろう。お前」
 日本は神の国だという。狭いこの島国には八百万の神々が住まい、人々を見守っている。無宗教と言われることもあるこの国だが、実のところ、世界で最も神が身近な土地であるとアルジは思っている。信仰心が低いのは否定できないが。
 なんにせよ、この童女はその八百万の神の一柱である可能性は高いだろう。
『ふみふみ。なかなか聡いヤツなのよ』
「だいたいからして、純潔を捧げるのは魔女じゃなくて巫女や神官のすることだ。魔法使いは悪魔とエロエロが常識なんだよ。処女魔法使いとか、ありえん。
 まあ、お前なんか見た目からして巫女さんぽい格好してたしな。ほぼバレバレだったが、確信を持ったのはついさっきだ」
『ふみふみ』
 廊下を歩きつつ、そろそろ人が出てくる頃だと童女に注意しようとして――気づく。
「……おかしいな。この階は人通りが少なくはあっても、こんな長時間、俺だけが居られる場所でもなかったはずだが」
 気になって新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下に出て、運動場を見やるが――そこも人がまばらだった。
「……おかしい。学園から人が消えた?」
 そう思いながら、今度は運動場とは反対側に視線をやる。すると――そこには昨日とは比べものにならないほどの生徒達が集結していた。窓という窓からは生徒達が顔を出し、校門の周囲にはやたらテンションの高くなって訳の分からない奇声をあげて踊り狂うよく分からない集団がいた。学園そのものがなんらかの狂気に包まれたかのようだ。
 そして、その男達の視線の中心には――校門の側に立ち、誰かを待つ二人の美少女の姿があった。



 ――最悪の一日だ。
 アルジは改めてそう思った。校門に向かい、アルジはゆっくりと歩く。数多くの生徒達の視線が降り注いだ。
 生徒会には仲の良いやつが多い。彼らと協議した結果、混乱を収拾させるためにやはりアルジが出て行くしかない、とのことだった。まあ仕方あるまい。今日校門にいるのはあかねとは比べものにならないほどの美少女なのだから。
 校門にいる少女は二人ともあかねと同じ学校の制服を着ていた。ただし、襟章の色が違う。あかねにはない大人びた雰囲気や、顔つきなどから判断すれば、おそらくあかねやアルジの二歳年上、と言ったところだろうか。受験勉強もせずにこんな男子校の前で男を待つとか暇な受験生もいたものである。
 一人はふりふりのレースのついた白い日傘をした長身の令嬢だった。ハーフらしく、目鼻立ちは整っており、柔らかそうな整った長髪と相まってまるで人形のようである。
 それは少女から大人の女性へと移り変わる狭間が生み出した奇跡のような存在であった。女性らしい丸みを帯びた柔らかな肉体に少女らしいみずみずしさが加わり、まさに若さの体現と言った美しさを醸し出している。更に、高貴な生まれのものだけが得られる優雅な立ち振る舞いが合わさり、人々をその足下に傅かせる妙なカリスマがそこにあった。もし、貴族の令嬢というものが存在したら、彼女のようなものを指し示すのだろう。
 その傍らに控えるのはまさにその貴族の令嬢に付き従う従者といった感じで大人しそうな少女だった。前者が太陽のような存在であるとするならば、彼女は月であった。伏し目がちではあるものの、近づく者をはね除けるような排他的な印象を受ける。そんな黒い短髪の少女が日傘の少女の側に立っていると、お付きの侍女と言うよりは、貴族の令嬢の子飼いの殺し屋に見えた。
 アルジはどうか違いますように、と思いながら校門をくぐる。
 すると、いつも通り嫌な予感は的中して向こうは話しかけてきた。
ごきげんよう。新河あるじさんとは貴方のことでよろしくて?」
 話しかけてくる日傘の令嬢。アルジは嘆息する。
「だとしたら?」
「少々、お話がありましてよ」
 彼女とアルジの視線がぶつかる。高校一年のアルジからすれば、高三の彼女は既に「少女」というカテゴリ外なのだが、不思議な愛嬌が彼女の笑顔の中に踊っていた。多くの男性は彼女に微笑みかけられて悪い気はしないのだろう。
だが断る
 優雅な令嬢の顔が僅かに驚きに見開かれる。人に頼み事を断られたことがないのだろう。
 男女問わず、行き過ぎた美人にろくなヤツがいない。今までのアルジの波瀾万丈の人生が教えてくれた経験則の一つである。
 アルジが彼女の申し出を断った瞬間に、周囲を取り囲む男子達からの突き刺さるような視線が鋭さを増す。かといって、ここで受け手もやはり視線は厳しくなるばかりであろうから、理不尽なものである。
 アルジはやはり昨日と同じくその場から即座に離れようと日傘少女の側を足早に通り抜ける。優雅な令嬢たる彼女はそれを阻まなかった。が。
「男の癖にスマちゃんの誘いを断るなんて生意気よ」
 傍らにいた黒髪の少女がアルジの立ちはだかる。愛称で名前を呼んでいるあたり、従者ではなく、友人関係らしい。
 ――まあ、それもそうか。
 今の時代に、同い年の侍女を引き連れる金持ちなどそうそういないだろう。しかし、アルジとしては軽くがっかりではある。金持ちに対する幻想が一つ消えてしまった。
「女から誘うなんてはしたないと思わないのかね、お嬢さん」
「あら、いつの時代の価値観かしら」
 くすり、と背後で日傘の少女が笑う。
「女性からの申し出を断るのはあまり紳士とは言えなくてよ」
「残念ながら、生まれてこの方、紳士になった覚えはない」
 アルジは振り返らずに、肩をすくめる。相手の顔すら見ようとしないアルジの態度に目の前の少女が表情を険しくさせる。
 ――困ったな、周りに敵しかいない。
 アルジは苦笑する。体の節々は昨日の戦闘のおかげで痛くて仕方ないし、この上衆人環視の中で心理戦をするのは正直御免被りたいところである。
「悪いが見ての通り、ダンスパーティに出て行く服も持ち合わせていない庶民なんでね」
「なら、お茶会で結構よ」
「持ち合わせがない。財布の中身はいつだって休暇中でね」
 ともかくここで相手のペースに乗る必要はない。逃げの一手である。
「客人から金を取るほどわたくしの心は狭くなくってよ」
 瞬間――、アルジは自然と振り返っていた。
「――え、オゴリ? オゴリなんですか?」
 考えるよりも早く貧乏人の性が応えていた。その反応に日傘少女は目を丸くさせつつも、すぐに微笑みを浮かべる。
「もちろんよ」
「はい、喜んで!」
 やたらいい笑顔で応えるアルジに、背後の黒髪の少女は軽く舌打ちをした。



 そんなやりとりを更に遠くから眺める人物が居た。
 長い黒髪にピンと伸びた背筋。人懐っこい目。言うまでもなく、久城あかねである。
「え? え? ちょ、何?! あたしの時と全然態度が違うんだけど! どういう事! 一体どういう事なの!」
 電信柱の陰に隠れながら彼女は次々と文句を言う。それから相手に聞こえてはいけいなと思い、慌てて電信柱の陰に隠れ直した。さすがに遠くにいるので向こうからは気づいてないようである。
 彼女は昨日の一件の後、アルジを魔法使いの仲間に引き込もうとしたが、無下に断られてしまった。黒いカードは契約をしてないものの、アルジを持ち主として認めているようだし、自分と違って頭もいい。だからどうしても仲間に引き込みたかったのだが、最後には逃げられてしまった。なぜか驚くほど彼は逃げ足が早かったのである。
 仕方なく、次の日に魔法使い仲間のリーダーである先輩にこのことを報告したところ、話を聞いておもしろがった先輩が直々に説得に向かったのだ。あかねとしてはどうせ、先輩でもアルジの頑なな心を動かすことなどできないと思っていた。
 だが、見ているとアルジと二人の少女は楽しそうに笑い合いながら移動を開始する。本当は、互いに作り笑いで腹の探り合いをしているのだが、鈍いあかねにはそんな細かなことは感じ取れない。ともかく表面上は楽しそうなアルジと少女達の会話する様を見ていると、なぜかあかねは自分でもよく分からない怒りを感じてぐぎぎぎぎ、と歯に力がこもった。
「ちょっと……おかしくない? 先輩はよくてあたしは駄目ってどういう事なの? 納得出来ないわ。おかしい。絶対おかしいわ」
 向こうに聞こえないようにぶつぶつと言いながら、彼女はアルジ達の尾行を開始する。
 そんな彼女を行き交う通行人などが奇異の目で見ていたのだが、彼女は一切気にならなかった。彼女の瞳にはにやけたアルジの顔だけがただただ映し出されている。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
 歯を食いしばり、何故か沸き上がる怒りを内に秘め、彼女はのっしのっしと大股でつつ、追跡を開始した。



 お嬢様でも庶民のように歩いて移動するらしい。一緒に歩きながらアルジはそんなことを考えていた。
 実のところ、何故か予定していた執事の車が渋滞に巻き込まれてしばらく合流出来なくなっているらしい。まあ、乗り物が予定通りにやってこないトラブルはアルジにとっては日常茶飯事である。
 仕方なしに、徒歩で移動しているのだが、アルジのトラブル体質は今日も絶好調だった。工事中の民家の屋根からソーラーパネルが落下してきたり、信号無視のバイクに轢かれかけたり、坂道に駐車していた車がサイドブレーキを忘れていたのか突如としてアルジに向かって走ってきたり、といつも通りの日常である。
 ようやく一息をついたのは学校から歩いて十分ほどのところにある喫茶店に辿りついてからである。
「おかしいわね。今日は運が悪いのかしら」
 対面の席に座った令嬢が首を傾げる。
「なあに、いつものことさ」
「そんな訳ないでしょ。毎日この調子なら生きてられないわ」
 アルジの言葉を黒髪の少女が糾弾する。
「はいはい、そう言うことにしておくよ」
 アルジは苦笑しつつ、受け流す。その態度に更にむっ、と黒髪の少女が顔を険しくするが、それを令嬢が手で制した。
 ――そう言えば、あかねと居た時は何故かトラブルが起きなかったな。
 そんなことを思い出す。とはいえ、アルジにとってはあかね自身がトラブルの種であったのだが。
「まあいいわ、とりあえず、好きなものを頼んでよろしくてよ」
「じゃ、この『イタリア風店長のお薦めジェラート成分たっぷりのメガロングストロベリーパフェ』で」
 アルジの言葉に令嬢は軽く表情を曇らせた。
「……スタイルを気にしなくていい男子がうらやましいわ」
 少女二人は紅茶だけを頼んだ。ケーキセットは付けなかった。
「生まれてこの方、太ったことはない」
 痩せの大食いであるのはアルジの数少ない自慢の一つである。だが、この言葉は何故か少女達のお気に召さなかったらしく、恨みがましい目つきで見られた。
「では、改めて自己紹介しましょう。
 わたくしは天狩寿満子。
 こちらはわたくしの親友で、御影唯乃よ。
 お察しの通り――昨日貴方が出会った久城あかねと同じ、魔法使いよ」
「ふうん」
 わかりきった答えにアルジは気のない返事を返す。その言葉に黒髪の少女――御影がむっとするが、気にせず名乗り返す。
「まあ、今更名乗るまでもないだろうけれど、こちらも名乗ろう。ただの人間、新河あるじだ。以上」
 ぶっきらぼうなアルジの態度を気にせず、令嬢――天狩は話を進める。
「今日、貴方とこの様な場を設けたのは言うまでもない。貴方をわたくし達の仲間に引き入れたいと思うの」
だが断る
 アルジは即断する。
「その件ならば昨日既に終了している」
 昨日の戦闘の後、何故かあかねがしつこく仲間にならないかと勧誘してきたのだ。アルジはそれを何度も断り、最後は体中が痛むのに夜の街を走り回って逃げるはめになった。今日アルジが疲れているのはそのせいでもある。
「それは久城さんの話を聞いただけでしょう。
 まあ、彼女は女性としての魅力に欠けるところがあるからそう思ったのかしら。
 だったらそれは杞憂よ。わたくし達を見て分かるとおり、なかなか華やかなメンバーよ」
 ――一瞬、自分の耳を疑った。この女は何を言っているのか。
「純潔を捧げる魔法使いが色仕掛けか? 魔女にでもなったつもりか」
 魔法とはそこかしこに性的な要素を含む概念だ。大抵の伝承において、魔女は悪魔と契りを結び魔力を得たりする。そんな事から、古今東西の魔女と言ったら官能的な存在であることが多いのだ。
 しかし、彼女らの契約はそれとは異なるものだ。
「あら、男って美女の側に居られるだけで幸せなものでしょう。あなたの学校はそんな風に見えたけれど――」
「――まあ、うちの学校については何も否定できないな」
 自分の同胞達に軽く怒りが沸く。鼻の下を伸ばしすぎである。とはいえ、確かに女の子と会話したり、手を繋いだりするだけでどことなく楽しいという感覚をアルジは昨日身をもって知ってしまった。自称女嫌いとしては失格な話である。しかしだからといって、ただ美人だったらそれでいいと言う訳でもない。
「なんにしても、俺にはなんのメリットもない」
「――魔法があるじゃない」
 何を言ってるの、と言った顔で天狩が告げてくる。
「あ、パフェはこっちです」
 アルジはそんな彼女の言葉を無視して近づいてきたウェイトレスに話しかける。どかっと、巨大なパフェが机の上に置かれた。高さ二十センチ強の実に食べがいのありそうなパフェだった。
 それに手を付け始めたアルジを見て、天狩は気分を害したように黙って紅茶に口をつけた。気を取り直して、続けてくる。
「あなたも見たのでしょう。魔法の力を。
 人外の化け物を倒すことの出来る強大な力。人の限界を超えたこの強大な力のどこに魅力がなくて?
 しかも、それが使えるのはわたくし達選ばれた人間だけ。世界の裏側で暴れる化け物を倒さねばいずれこのわたくし達の見える世界にも必ずあの化け物達は来るでしょう。これは世界を救うための正義の戦いでもあるのです」
「あっそ」
 パフェに食らいつきながらアルジは軽く受け流す。このジェラートは実に素晴らしい。口の中がこれだけ満たされているというのに、後味がすっきりしており、腹にもたれない。それがイチゴの酸味と絡まって実にいい具合だ。
「――あなたにはこの素晴らしさが分からないのかしらね」
 小馬鹿にするように天狩が告げる。
「ああ、分からないね」
 クリームにトッピングされているピーナッツをカリコリと噛みながら適当に答える。このおいしさの前では馬鹿馬鹿しい綺麗事など何の価値も感じられない。
「魔法を手に入れることによって世界が救える? だったらお前は地球の裏側で貧困に苦しむ子供達を救えるのか?」
「そんなことは今は関係――」
「関係ない? その通りだな。だから、俺はお前等と関係ないんだよ。魔法じゃ腹も膨れないし、欲しいものも買えない。それこそ、見せ物にでもならない限り。でも、違うんだろ?」
 アルジは贅沢なパフェの味を噛みしめながら言う。
「俺には俺の生活がある。お嬢様が暇つぶしに世界を救う正義の味方ごっこがしたいだと? 馬鹿げているにもほどがある」
 天狩の言葉には重みが感じられないのだ。少なくとも、昨日会ったあかねは本当に誰かの役に立ちたい、という必死な思いがあった。だが、目の前のお嬢様から感じられるのは面白いゲームを見つけたという優越感のみ。こんな女と会話するなど不愉快でしかない。
「あんたスマちゃんに何か恨みでもあるん?」
 それまで黙っていた御影が耐えかねて言う。
「なんでそんなこと言うの? せっかくスマちゃんが仲間にしてあげよう、言うてくれてんのに。しかも、パフェ奢ったってるのに、その態度はなんなん?」
 前半は見事なまでの感情論だった。無論、アルジも感情で天狩を否定したので人のことは言えない。図々しいことも自覚している。だから、この会話は不毛にならざるを得ない。
「パフェのことは感謝している。だがそれとは別に、俺はあんた達が気にくわない。むしろ、あんた達みたいな女は嫌いだ。
 だから、この話はなしだ」
 御影の美しい顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。人に面と向かって嫌いと言われたことなどないのかもしれない。彼女の視線が恐ろしいほどの熱を持ってアルジの体を突き刺してくる。
 アルジは小学校時代を思い出した。とあるクラスメイトを泣かしたせいでクラスの女子全員に追いかけられたことがある。登り棒に登って逃げたアルジを女子達は下からドッチボールをガンガン投げてアルジを何度も打ち落とそうとしてきた。
 ――ああいう時の女子の団結力とは恐ろしいものだ。と言うよりも、小学二年生の時から何をやってたんだか。
 アルジは過去の経験を振り返り、ここら辺が潮時だと感じた。ちょうどパフェも食べ終わったところである。
 アルジは場を収めるべく天狩に視線をやると――彼女は笑っていた。肩を振るわせ、口が、眉が、目が、頬が――顔のありとあらゆる要素が歪んだ壮絶な笑みを目の前の令嬢は浮かべている。それはあまりにも醜く、恐ろしい笑みだった。
 ――笑みとは本来攻撃的なものである、て読んだことがあるけれど。
 アルジは本能的に恐怖を覚えていた。相手はそのあまりにもはしたない笑みを手で隠そうともせず、嘲るように言う。
「面白い。面白いわ、あなた」
 そしてその歪んだ笑顔はゆっくりとほどけていき、新たな顔を生み出す。そこに出てきたのは気品ある令嬢という偽りの仮面ではなく、驚くほど生き生きとした活力に溢れた天狩寿満子という一人の少女の顔だった。
 悪意を隠そうともせず、邪気に満ちた微笑みを嬉しそうに浮かべ、天狩は言う。
「そんな馬鹿なことを言う人を初めて見たわ。
 地球の裏側? 餓死? なんて馬鹿げたことを言うのかしら」
「……スマちゃん?」
 おそるおそる、御影が尋ねてくる。しかし、天狩はそれを無視した。
「ごめんなさいね。わたくしも綺麗事が過ぎたわね。ああ、本当にごめんなさいね。
 ええ、わたくし達はそんな綺麗事のために戦ってないわ。少なくとも、わたくしはそう。
 魔法。未知にして選ばれし者だけが使える力。妖しげで、危うくて、得体の知れない力。わたくしはそれを使うのが楽しくて仕方ない。こんな刺激に満ちたゲームなど他にありもしないもの。
 余りにもつまらない、刺激のない、人の顔色を伺いあうことしか出来ない日常なんてまっぴら御免よ」
 彼女は冷静だった。落ち着いた言葉で、静かに、ただ思うがままに詩を読み上げるかのように淡々と言葉を紡いでいる。しかし、その声の、言葉の端々からどうしようもないほどの悪意が楽しげに顔を覗かせているのだ。
「暇すぎて気でも狂いそうなのか?」
「そうかもしれないわね。
 何を貰っても、
 何をやっても、
 何を与えても、
 つまらないただの日常が永遠に続くだけの毎日。これで気が狂わない方がおかしいわ。
 でも、あなたは面白いわ。とても、面白い。あなたが居れば、わたくしの退屈も少しは紛れそうね」
 彼女はそっとアルジの頬に右手を伸ばしてきた。白く細い指がアルジにひんやりとした冷たさを伝えてくる。
「ちょうど、魔法遊びも飽きてきたの。
 どうかしら、わたくしのものになってくださらないかしら?」
 そう言って、にっこりと彼女は笑みを深めた。そのあまりにも魅力的な笑顔に吸い込まれそうになる。それと共に危機感が心の奥底からにじみ出る。
 ――この女とは関わらない方が良い。
 アルジはそう確信した。頬に触れる手を払い、立ち上がる。
「あんたの絶望など知った事じゃない。帰らせて貰う」
「――そう、残念ね」
 彼女はあっさりと引き下がった。アルジはそれを不気味に感じつつも、会計を任せ、喫茶店から出る。
「では失礼」
 と背を向けた瞬間――その背を彼女の声が叩く。
「ごめんなさいね」
 その言葉を聞いた瞬間――視界がぶれた。アルジ以外の世界が大きく揺れ始める。
「――まさか」
 振り返るとそこにはぶれていてもはっきりと分かる天狩の邪気に満ちた笑顔があった。そして――。



 気がつけば無人の街にアルジは放り出されていた。前回と同じ、無機質で陰のない原色の世界。ただ、前回と違うのは世界を覆い尽くす色が赤ではなく、青と言うことだった。
「――任意にこの空間に転送出来るのか」
 アルジは混乱する頭で必死で整理しようとする。この事象は間違いなく、天狩が引き起こしたものに違いない。
「だが、何のために?」
 青に支配された世界に佇み、アルジは必死に思考を巡らせる。
「何のために? 決まっているでしょう?
 話し合いで解決できなければ力尽くで。
 それが問題解決における常套手段じゃなくて?」
 楽しげな声が青の世界に響き渡る。
 声のした方角へ目をやると、五十メートルほど先の道路に天狩と御影の姿があった。
「えらく物騒な思考をしているな。そもそも、俺が引き込めないならば、次に黒いカードの返却を求めるべきじゃないのか?」
 相手の様子を伺いつつ、聞いてみる。向こうはそもそも、こちらの持つカードを取り返しに来たはずだ。たとえ、仲間になることを断ったとしても、次に行うべきはカードの奪還のはずである。
「そんなこと、聞くまでもないでしょう? あなたにカードを返すような殊勝な心がけがあって?」
「…………否定はしない」
 何が何でも、相手の言うことを聞くつもりはない。少なくとも、自分のカードを相手に返すことがいいことであるとはアルジには微塵も思えなかった。
「御影さんだったか? あんたの親友はとてつもなく物騒なことを言ってるけどいいのか?」
 幾分良識の残ってそうな少女に声をかけてみる。すると、黒髪の少女はカードを取り出しながら静かに言う。
「スマちゃんの誘いを断ったほうが悪いんや」
 凛とした黒い瞳からははっきりとした敵意が感じられた。どうやら話し合いをする気はもうないらしい。実際に今の二人との距離は話し合いをするには遠すぎる。
 だとしたら、この距離が意味することは何か。容易に想像がつく。この五十メートルほどの隔たりは――攻撃のための距離に決まっている。
 アルジは背負っていたリュックサックをその場で投げ捨て、走り出した。
 天狩と御影は悠然と金色に縁取られたカードを手に呪文の詠唱を開始する。
「我が天狩寿満子の名をもって汝に仮初めの解放を与えん」
 前日に受けた傷が開き、全身が恐ろしいほどの悲鳴をあげるが、一切を無視して二人の少女へと走る。魔法使いの弱点は古今東西、詠唱中の隙だと決まっている。相手の呪文が完成する前に近づき、邪魔をしなければならない。
【我は誰そ。我が身は何そ。我が存在は何のために?】
 彼女らの持つカードが輝き、自らの力を解放せよと語りかけてくる。
 そこへ、アルジは踏み込んだ。肉薄し、相手のカードを奪い取ろうと手を伸ばす。
 しかし、その動きを読んでいたのか、天狩は半身を引いて、足を差し出してきた。全力で走ってきたアルジはそれが見えていながらも、避けることができず、差し出された足に引っかかり、盛大に地面に転げ落ちる。
【バインド・シャドウ】
 転がりながら御影の持つカードが声を放つのをみた。痛みを堪えながら、その場から飛び退く。すると、影のないはずの世界で御影の影が地面に現れ、そこから黒い鎖が伸びてくる。
「くそっ!」
 アルジはともすれば休みたがる体を叱咤して、今度は逆方向へと逃げ出した。その背を幾条もの黒い鎖が追いかけてくる。
 そんな無様なアルジを眺めつつ、天狩は悠然と呪文を唱える。
「汝は力。
 その身は我が手。
 我が力を増大させる真なる力の結晶なり」
 天狩の言葉に応えて彼女の持つカードの紋章がきらめく。
【ハンド・エンハンス】
 逃げながらも、ちらりと天狩の方を見るが、特に変化は見られない。よく分からないが、今はこの鎖をなんとかしなければならない。
 近くの建物に向かって走り、直前で横に避けると、追跡していた黒い鎖は次々と壁に激突していった。それ以上、追ってこないのを見てアルジは立ち止まる。
 腹の奥が痛い。息が持たない。体全体が鉛のように重く、傷の一つ一つが悲鳴を上げてくる。
 ――なんとか体勢を整えなければ。
 ふらふらになりながらも、アルジは二人の少女から視線を離さず、思考を巡らせる。
 そんな必死なアルジを天狩は楽しそうに見ている。そして、右手をゆっくりとこちらへと伸ばしてきた。
 瞬間――衝撃がアルジの体を貫いた。
「がぁっ!」
 そのまま体が背後の壁に叩きつけられる。アルジは地面に倒れそうになり、しかし見えざる力が彼の体を握りしめ、そのまま宙に縫い止める。
「……透明な、巨大な手?」
「正解」
 アルジの推測を嬉しそうに肯定する天狩。彼女の伸ばされた手が握りしめられる度にアルジの体がぎりぎりと締め付けられる。彼女の手の動きを正確にトレースして動く不可視の巨大な手が彼の体を握り締めていた。
「なんて陰険な――がっ!」
「ごめんなさいね。感覚はフィードバックされないから力加減が分からないの」
 一時的に強められた圧力が緩められる。不用意な発言は死に直結するらしい。
「でも、口の割には大したことないのね。
 もっと楽しませてくれると思ったのだけれど」
「はは……期待に添えなくて申し訳ない。さすがに久城と違って戦いに慣れてるようで」
 その言葉に天狩はくすりと笑う。
「あの子は――なかなかおもしろい子だとは思うけれど、あんまり頭のいい子ではないから」
 会話する側で御影が影の鎖を解除し、こちらをじっと見てくる。何かあればすぐに対処するつもりなのだろう。
 だが、残念ながらこちらはあの童女と契約もしてないので魔法を使うことができない。向こうもそれを知っているからこちらの口を塞がず喋らせるままにしているのだろう。もしくは、魔法を使うのに呪文以外にも必要な条件があるのかもしれない。
「とはいえ、あんたらでは自分の体の五倍もある化け物と戦えるか少し疑問だな」
「ああ、そういえばあの子そんなことを言っていたわね。巨大な化け物と戦ったって」
 天狩の側にいる御影も思わずくすりと笑う。
「彼女が嘘をついているとでも?」
「あの子には物事を大げさに言う癖があるわ」
 なんとも信用のない話である。どうやら、彼女らの中ではあかねは愛玩動物扱いらしい。
 ――まあ、その感覚はよく分かる。
「じゃあ、普段はどんな敵と戦ってるんだ?」
「……? あなたも化け物を見たのではなくて? 人間大の、ガラクタの寄せ集めみたいな獣よ」
 天狩の言葉にアルジは思わず笑みを浮かべた。どうやら、昨日の事象はたまたまアルジの運が悪かったらしい。まあ、そういう最悪な目に遭うのはアルジにとっていつものことである。
 そう、アルジにとっては、いつものことである。特段気にすることもないことなのだ。
 アルジは常に何かに追い詰められて生きてきた。今更それを取り上げるまでもない。自分の気に入らない女に殺されかけるのもいつものトラブルの一つでしかないだろう。
「何を笑っているの?」
 こちらの笑顔が気に入らないのか、御影が睨んでくる。
「別に、俺はいつも通りだよ」
 そう言って笑い返す。御影は嫌悪感をあらわにしてこちらから目を逸らした。チャンスではあるが、残念ながらこちらではどうすることもできない。
「さて、勝負がついたところでもう一度聞くわ。わたくしの奴隷になりなさい」
「要求がグレードアップしてるな、おい」
「あなたのためにVIP待遇を用意してみたわ」
「それは光栄だな」
 嘆息し、楽しそうな天狩の目を見つめる。それはなんとも生き生きとした表情だった。よい暇つぶしの相手になれて実に光栄の極みである。
だが断るね」
 その言葉に天狩は一瞬呆然とする。
「俺は、そういやって偉そうなやつに吠え面をかかせてやるのが趣味なん――イダダダダダッ」
 体を締め付ける圧力が強まる。
「魔法も使えない、ただのおチビさんが偉く好き勝手なことを抜かしてくれるじゃない」
 天狩の顔に実に分かりやすい怒りの感情が浮かび上がる。
「……い、いいのか。こんなことをしていて」
「なんですって?」
「そろそろ――夕暮れになるんじゃないか」
 黒いカードの童女から、夕暮れになるとあの化け物が現れることは聞いている。そして、アルジの予測が正しければ――化け物は今日、絶対に現れるはずだ。
 アルジの言葉に応えるようにインクが染み込むが如く青の世界が赤色にその姿を変えていく。逢魔が刻の始まりである。
 途端、街の至る所で爆音が轟いた。突然のことに二人の少女は驚愕する。大地が震え、周囲の建物が崩れ落ちていく。
 突然の大破壊を前に少女達は呆然と立ち尽くす。
「な……これは一体何? どういうこと?」
 アルジを拘束する見えざる手が弛まり、アルジは地面に着地した。
 何が起こっているか。そんなことは分からない。それでも、ただ一つ分かることがある。それは――いつだって、アルジはあり得ない事態に巻き込まれると言うことだ。
 四散した瓦礫はやがて集まっていき、ガラクタの寄せ集めが巨大な獣の姿へと変貌していく。
「……まさか。本当に巨大な化け物が来るって言うん?」
 御影が恐る恐る言う。彼女らがいつも戦ってきたのは人間サイズの化け物だという。こんな、人間の十倍以上ある巨大な化け物とは戦ったことがないのだ。
 明らかな異常事態。普通ならあり得ない。だがそれでも、アルジならば。アルジがいるのならばこんな事態が起きてもおかしくはないのだ。
「退屈な日常に飽き飽きしてると言ったな、天狩」
 アルジはとびきりの笑顔で呆然とする少女二人に語りかける。
「だったら招待してやる! これが貴様の臨んだスリルに満ちた波瀾万丈の世界だ!」
 叫ぶアルジの背後で五匹の巨大なオオカミのゴーレムもどきが咆哮し、大気を震わせる。彼らが街を蹂躙する様は一昔前の特撮怪獣映画のようであり、まさに非日常の具現であった。



 久城あかねは迷っていた。尾行していたアルジと先輩二人が突如として魔法空間に移動してしまったのである。細かい仕組みはあかねには理解できないが、カードによって移動できる魔法空間はこの世界を別の角度から見た世界なのだという。閉じた次元による世界の再構築とかなんとか――。先輩によれば、縦横斜め以外の角度から世界を見たものらしい。ますます意味が分からない。
 なにはともあれ、尾行していた三人は別の角度に移動してしまったのであかねも追いかけるべきか迷っているのである。とはいえ、魔法空間に移動したら、カードの反応であかねが尾行していたのがばれてしまう。そんな時どんな言い訳をすればいいのか思いつかない。
 そもそも何故、先輩達は化け物が出たわけでもないのに彼を魔法空間に引き込んだのか。喫茶店に入る勇気がなかったので彼らがどんな話をしたのかも分からない。アルジはやたら不機嫌そうだったし、先輩はやたら嬉しそうだった。アルジが不機嫌なのはいつものことだが、あんなに楽しげな先輩を見たのは初めてである。そんな先輩の顔を思い浮かべると羨ましいような、妬ましいような、言葉にしがたいよく分からない感情が彼女の中に沸き上がってくる。それが何かを自覚出来るほど彼女は素直ではなかった。
 ただひたすらに、喫茶店近くの電信柱で頭を抱えて懊悩するばかりである。
 そんな彼女の思考にするりと女性の声が割り込んでくる。
「どうやら、道に迷っているようだね」
 電信柱の前で謎の前後運動をしていたあかねはゆっくりと背後を振り向いた。そこには赤い布の引かれた小さなテーブルに水晶球を載せた簡易の占い屋があった。その占い屋に座すは妖艶なる黒肌の女性。
「わっ、がっ、ガイジンさんだっ!」
 あわあわと黒人女性を見ただけでパニックに陥るあかね。
「最初に日本語で話しかけたはずなのだけれど、その反応はどうしたもんかね」
「サ、サイシューニっ、ホンゴー? あ、そ、ソウリー、アイ、アイッ」
「…………どういう言語なら通じるのかね。えーと、ウチは日本語出来るでぇ。なんも問題あらへんよ」
「あ、日本語だっ! すごい!」
 あかねの反応に占い師は幾分げんなりした様子だった。
「……まあ、認識のチャンネルが合ったみたいだし元に戻すよ。
 君は道に迷ってるのではなくて?」
「いや、別に迷ってませんよ? ここら辺地元だし」
 どうやら彼女には婉曲な言い回しは効かないらしい。もっと平易な言葉が必要なようだった。
「人生という道に、ね。これからどうするべきか迷ってるのではないかい? よかったらタダで占ってあげるわよ」
「え? ほんと? おばさんは何占いなの?」
 おばさんの言葉に占い師は僅かに眉を反応させたが、もはや何を言っても無駄だと悟ったのかその件に関しては目をつむることにした。
「星と運命を」
「あ、あたしは蟹座です」
「残念。星座占いともまた違うの。その人の運命を司る星と、その動きを見るの」
 占い師の言葉にあかねは首を傾げる。占い師はここでもやはり細かいことは無視することにした。
「あなたは騎士星。騎士の星」
「おー、かっこいいわね」
「頑固で融通が利かなくて、その癖一人では何も出来ない追従の星。優秀なる脇役の星」
「なによそれ。いいところなしじゃない。それじゃ、いつまでたっても独り立ち出来ないじゃない」
 あかねは顔を曇らせる。それではいつまでたっても姉を超えることが出来ない。彼女は勝ちたいのである。何でも出来て、誰よりも綺麗な姉に。
「それでも、騎士星は他にはない特性がある」
 占い師の言葉にごくり、と唾を飲む。
「仕えるべき主がいる時、優秀な部下として働くことが出来る。存在するだけで主の力を増大させ、主を守護する役割も果たす。この国では内助の功、と言うのだったかい? 男の人を引き立てる女としては最高の運命星だよ」
「えー」
 あかねはがっくりと肩を起こす。他人の補助にしかならない人生などまっぴらである。
「そんな時代遅れの男尊女卑な運命なんていらないわ」
「別に、それは関係ないよ。男でも女でも騎士星に生まれることはあるさ」
「でも、引き立て役なんでしょう?」
 どうしようもない落胆を抱え、投げやりに言う。
「それは主の使い方次第だね。サッカーで言えば大抵、センタリングをあげるのが司令塔たる主。シュートを決めるのがその騎士だね」
「おー。おいしいところを貰えるのね!」
 あかねの顔がぱあっと明るくなる。
「その点、あなたの追いかけていた少年はなかなか面白い」
「え? べっ、べつに誰もあたしは追いかけてないわよ?」
 何故か顔を真っ赤にしながら彼女は否定する。占い師はくすくすと笑いながら続ける。
「その少年は英雄星。数ある運命星の中でも最大の格を持つ幸運の星」
「英雄星……ずるい。なんかすごくかっこよさげ。……べつに追いかけてないけど」
 ぶうぶうと不満げにほおを膨らませるあかね。
「別に、ありふれた星よ。五十人に一人はいるくらいのメジャーな星。今、あんたの後ろを歩いてたおばあちゃんや向こうで泣いてる女の子も英雄星だね。まあ、騎士星に比べればレアかもしれないけれど」
 あかねが振り返ると転んで泣いてる女の子や、看板に頭をぶつけてる惚けた老女が見えた。
「なぁんだ。まあ、星座占いも十二パターンしかないし、そんなものかしら」
「ただ、彼は英雄星の上に、星の輝きがとても大きい」
「どういうこと?」
「星の力が強過ぎるのさ。大抵の人間は星の力が弱いから、自分の星は少ししか運命に関与しない。
 ……でも、彼の英雄星はとても強力よ。
 何故、いまだに非業の死を遂げてないのか不思議なくらいにね」
 占い師の言葉にあかねは絶句した。今この占い師はなんと言ったか。
「ヒゴーの死? 確か悪い意味だった気が。幸運な星じゃなかったの?」
 あかねの言葉に占い師は神秘的な笑みを深めた。あかねは思わずその笑顔に吸い込まれそうになる。不安が彼女を支配した。何か、見てはいけないものを見てしまったような――言い知れぬ不安が彼女の心を叩いてくる。
「ええ、とても幸運よ。多くの強者が望み憧れた運命の力。この国では『七難八苦』と言うらしいわね」
「……?」
「英雄が何故、英雄と呼ばれるか分かるかい?」
「他の人が出来ない凄いことが出来るから?」
 あかねが自信なさげに応える。
「それだけの能力があると誰がそれを証明するのさ?」
 占い師は彼女の意見を一笑に付す。
「英雄とは困難に打ち勝ち、多くの人が認める偉業を達成した者に与えられる称号なんだよ。いくらそれだけの高い能力があったとしても、それを活かすだけの場がなければただの宝の持ち腐れに過ぎない」
 さすがのあかねにも何となく話が見えてきた。
「……つまり、英雄星とは、自分の力を発揮できるように向こうからトラブルがやってくるってこと?」
 しかし、占い師は首を横に振る。
「惜しい。残念ながら、前半は間違い。英雄星とは、本人の能力に関係なく、ともかく不運なる神の試練が次々と訪れるという、祝福の星なのさ。
 生まれてから色んな試練に遭遇すれば人は嫌でも成長する。高みを目指す人間にとっては願ってもない星さね。もっとも、その多くは試練の重みに耐えかねて早死にすることになるのだけれどね」
 その言葉にあかねは目を見開く。
「それのどこが幸せだと言うの! 生まれた時から世界中が嫌がらせを――それこそ周りの全てが彼を殺そうとしてるようにものじゃない」
「――その通り」
 あっさりと占い師は認めた。
「あれだけの運命力を持つ英雄星の子は大抵生まれる前に死ぬし、もし生まれても成人できるかも怪しい。成人したとしても心が歪み、世界に仇なす大悪党になるのがほとんどだね」
 占い師は静かに微笑む。
「だからこそ、彼という存在は恐ろしい奇跡の上に成り立っている」
 その言葉にあかねは首をぶんぶんと左右に振った。
「やっぱり占いなんてアテにならないわね。彼は言っていたわ。自分は幸せな人間だ、てね。だから、あたしにその幸せを分けてくれるって」
 彼女はあの時、彼の全てを信じ、全てを彼に預けた。だからこそ、今生きている。極限の状況下だったから分かる。彼は嘘などついてなかった。彼女はそう信じている。
「信じる信じないはあんたに任せるさ。私はただ道を示すだけ。星々の指し示すその先を。
 でも、気づかなかったのかい?
 彼の服は何故あんなにぼろぼろなんだい?
 彼は何故あんなに修羅場慣れしているんだい?」
 占い師の言葉にようやくあかねは異常を感じた。なにもかも見透かすような言葉。あかねの知る限り、占い師はもっと抽象的でよく分からないことを言ってくる人種である。では、目の前の人間は一体何者なのか。彼女は思わず胸ポケットに手を伸ばし、カードを出そうとする。しかし――。
「やめておきなさい」
 占い師が一言話した途端、あかねの体が突如として金縛りにあったように動かなくなる。あかねは驚愕するも、顔色を変えることすら金縛りは許さなかった。
「今あんたが考えるべきことは私が何者かではないよ」
 その一言で再びあかねは体の自由を取り戻す。しかし、あかねは反撃する気持ちにはなれなかった。どうやっても勝てる気がしない。
「そして、こうしている間にも、シンカワ・アルジは死にかけている」
「えっ!」
 占い師の言葉にあかねは声を上げる。あかねはそこで初めて街が赤く染まっていることに気づいた。夕暮れだ。しかし、もし、化け物が出てきているのならば、自動的に魔法空間に引き込まれるはずである。
 そんな彼女の疑問を無視し、占い師は言葉を続ける。
「私は彼が惜しいと思うわ。あんなに大きな英雄星を背負いながら、それでも幸せという彼がね」
「…………」
 あかねは押し黙る。果たしてこの占い師の言うことは真実だろうか。あかねは占いなどが好きだけれど、好きだからこそ外れることがよくあることを知っている。インチキ占い師が多いことも知っている。だが、何故かこの占い師の言う言葉が耳から離れない。
 自分のことを幸せ者だと言った彼。彼はどうしてそんな言葉が言えたのだろうか。いや、そこは疑問に思うべきところではない。
 彼はあかねに言ったのだ。彼女を信じると。このどうしようもない自分を、信じると言ってくれたのだ。
 そして、彼女に全てを預け、逃げようとしなかった。そこまで自分を信頼してくれた彼を、疑うなどあかねには考えられないことだ。
 もし、この占い師の言うことが本当だとしても、彼はその運命に負けるほど弱い人間ではない。
「彼は――負けないわ」
 あかねの言葉に占い師は満足げに頷いた。
「そうかい」
 二人の視線が交錯する。あかねはここで初めて相手の顔を本当に見た気がした。ぼやけていた占い師という輪郭がなくなり、神像めいた美しい魔女のごとき顔が認識される。あかねは初めて相手がとても美しい存在だと言うことに気づいた。こんな美人、出会った時から気づかないはずはないのに。
「でも、彼もただの人間だよ。一人で出来ることに限界がある。そんな時、神様も、お星様も助けてくれないのだとしたら――彼を助けてくれるのは誰なんだろうね」
 魔女の言葉が響く。視界が、世界がぶれていく。
「お節介な人。そんなに心配なら、あなたが彼を助ければいいじゃない」
 さすがのあかねも目の前にいる相手の意図を理解した。どうしようもないほど、余計なお世話である。
「残念ながら、私は通りすがりの魔女でね」
 訳の分からない言葉とともに、ぶれた世界から魔女の姿は消えた。ただ、声だけが聞こえてくる。
「可愛い騎士のお嬢さんに星々の祝福を」
 そして、世界が赤く染まり出す。

第三章へ続く



○気になってること

1.御影ちゃんが本当に陰になってる。
 空気キャラはまずい。でも、天狩さんと一緒に居るとどうしても後ろに下がるからなぁ。もう少し考えないと。
2.後半の魔女の運命解説が説明的すぎる?
 もっといい説明がしたい。というか、聞き手があかねなせいでえらくコミカルになったなぁ。魔女はもっと神秘的なものなのだけれど。
3.天狩さんとが悪役すぎる?
 天狩さんはまあ、あんな子だと思うんだけど。小物くさいかなぁ。もっとカリスマが欲しい。せっかくの王者星なのに。
 ちなみに、天狩寿満子は「あまかり・すまこ」と読みます。

 読んでくれてる人が楽しめるようにもっと上手く書きたいと思うが、ともかく今は出来ることをするのみ。残り36日頑張るぞ!!