短編と言うか。

やー、全然プロットが作れないですね。自分がどんな話を作るべきなのかわかんないです。どうにもあれなのでとりあえず短編を作ってみました。これだってやたら時間がかかったんですけどね。モチベーション維持のために載せときます。
短編と言うか1エピソード切り出しって風ですが、僕の中では完結した話のつもりです。と言うかそういうことにさせてください。
面白かったらコメントくださると自分が嬉しかったりします。どうぞよろしく。


ヒルノラント百景 ご飯を食べる話・中華編』




昼過ぎの暑い盛りだった。
先に休憩を提案したのはハイオリの方だったが、あるいは年少の連れを案じての事だったかもしれない。
沼人のハイオリも暑いのが得意と言うわけではないはずだけれど、ネイのほうはぐったりした様子をあからさまにしていたからだ。
「いいですけど。どこで休むんですか」
疲労困憊のネイはあさっての方向に突っかかるようにして言った。
いま2人がいる椿大路はナコ市の華人街でも主要な街路のひとつだ。道は人で溢れている。特に南方系の痩せて浅黒い青華人が多い。また裕福そうな男女を乗せた人力車も混じっている。
通りには大陸ふうの黄や赤の鮮やかな瓦で葺かれた屋根の店舗が続き、図案化された文字や動物の絵の模様が入った提灯がいくつもいくつもぶら下げられている。大半の店が長く伸びたひさしを持っていてそれが通りを半ば以上覆っている。各店のひさしの下にはさらに小さな屋台たちが陣取っている。
「人でいっぱいだ、どこもかしこも」
ネイがうめいた。頭上の両の獣耳もうなだれている。彼女の故郷の北方シルバンは静かなところだ。暑さも人の多さも、滅裂な色づかいもみなゆき過ぎに思える。
ハイオリは一瞬思案顔を見せ、くたびれたねずみ色の沼人マントを広げて覗き込んだ。
「ふうむ」
マントからするりとトウガラシの束を取り出す。
「こいつがあればいいでしょう」
言うと、今度はハイオリの手元に酒瓶の頭がのぞいている。
「手品みたいですね」
「ネタを仕込まないといけないのも一緒です」
ハイオリはまた酒瓶を懐にしまいこむと、ネイについて来るように言って歩き出した。
すこし行って道角を曲がると、さらにもういちど曲がって土壁に囲まれたせまい路地に入った。
「もうすぐですからね」
しばらく行くと、路地に面した勝手口があった。戸枠に波と竜の紋が入っているのにネイは気付いた。ハイオリは扉を引きながら声をかけた。
「しつれいしつれい」
返事はない。けれどハイオリは遠慮なく中に入っていく。
入ってすぐは中庭になっていて、向こうの母屋の軒下に丸椅子が重ねておいてあったのを、ハイオリがひとつとってネイによこした。なるたけ日陰になったところに置いて腰掛ける。
見やると、入ってきた勝手口の横手に幹の細い立ち木が一本枝を伸ばしている。中央は石畳が幾何学模様を描き、その周りに刈り込まれた低木や、すっと背の高い草の薄紅色の花を咲かせたのなどが固まって植わっていたりする。手入れはよくされているようだ。
「ふう」
ハナアブがすい、すい、と花のまわりを飛んでいる。埃っぽい表通りと違い、ここの空気は水気を含んでやわらかい。
(一息つけたのはいいけど、今度は急におなかがすいてきたような気がするな)
見ると、母屋はレンガ造りのそれなりに立派な建物だ。
(知り合いのうちなのか?似つかわしくもない)
ハイオリは窓から部屋の中をのぞこうとしていたが、やがて中に向けて呼びかけた。
「ロウロウ!いるかい」
すると屋内からうぉん!と一声がし、やがて一人の犬頭小鬼(コボルト)が裏口の戸をあけてでてきた。
「大兄!こんにちは!」
「今日も元気があってよろしいな。ねえさんはいるかい?」
「いますよ!まだ寝てんだけど!」
「そうか。じゃあ起こすのは気が引けるな」
ハイオリはさて、とあごに手を当てたが、すぐに頭上から怒声が降りかかってきた。
「ちびくろ!人聞きの悪い事言うんじゃないよ」
ハイオリは一歩下がると声のする2階の部屋あたりに向かって答えた。
「おはようございます、ねえさん。悪かったですね起こしてしまいまして」
「起きてたっつーの!ちょっとごろごろしてただけだ」
「ちょっとって、いまもう昼過ぎですよ」
「やかましい!これでも喰らえ!」
勢いよく2階の窓が開くとそこから粉のようなものが降ってくる。とたんにコボルトは戸の奥に引っ込み、ハイオリは自分の帽子をネイの頭にすっぽりとかぶせた。次の瞬間、
パパパパパパパン!
帽子越しにでもかなりの音と光が炸裂したことがわかった。ネイが帽子を脱ぐとあたりは何も見えないくらいに煙で真っ白になっていた。
煙を吸い込んでネイは大きくくしゃみをした。
(なんだこれ、胡椒バクダン?)
やがて煙がはらわれると、中庭には若干すすけたハイオリと、もうひとり、ごく簡素な道服ふうの半袖シャツと白い七分丈のズボン、黒い布製の靴を身につけた若い女が腕組みをして立っていた。
さらりと髪をかきあげ、口を開く。
「さて。で、何の用よ?」
「や、単に近くに来たもんですから。こないだ借りたチャッカセンも返してませんでしたし」
言って外套の下からなにやら1尺半ほどの長さの細長いものを取り出して、女に渡した。
女はフン、と鼻を鳴らすと向き直って、まだハイオリの帽子を抱えているネイを覗き込んだ。女は艶のある髪ときめ細かい白い肌をした面長で鼻筋の通った美人で、両の目もとをぐるりとくまどり、またその下に細長く4つの涙模様をあらわす、深い藍色の刺青を入れていた。
「なによこの子」
「“教室”の後輩です。いまは自分が預かってます」
女は目を細めてネイをじーっと見つめ、おもむろに言った。
「あんたメシ食った?」

一同は屋内に移動した。
台所を除けばそこらじゅうに、ありとあらゆるガラクタが山と積まれていた。どうやら家の正面は表通りに面しているようだが、そちらの門戸は閉まっている。工房と言う様子でもない。
(じゃあお役人さんか何かのお内儀……ってことはもっとないよなあ)
「あんた今この人はなにをしてる人なんだろうって思ったでしょう」
「この人はライカねえさんといって、華人街の巫女師なんだ。この街の祭礼はこの人が仕切ってるんだよ」
「そのうちのいくつかを、ね。歳によっても数は違うし。今年はあたしの担当が少なくて実入りも寂しいわ。ま、そのぶん研究ははかどるけどね」
「おかげさまで“教室”の丹炉はつつがなく燃えています。その節はお世話になりました」
「や、それはお互い様だしさ。あたしもここじゃたいした事できないし」
そうした会話の向こうではロウロウというコボルトがせっせと薪や水を運び、まな板の上に野菜を乗せると包丁でざくざくざく、と刻んでいる。
それを見ていたライカはおもむろに立ち上がった。黒髪を頭の後ろに紐でひとつにくくり、ロウロウから包丁を奪うと、だかだかだかだかだか、と猛烈な勢いで調理を始める。
「料理も道術もタイミングが命!だから手早くやんないとね」
ロウロウが水を張った鍋をかまどの上に置き換気扇のスイッチを入れる。するとライカは懐から先ほどハイオリから受け取った1寸半ほどの棒状のものを取り出した。よく見てみると扇のようだ。それをライカが手元で一振りすると、とつぜん薪が燃え出し、あっという間に鍋がぐらぐらと沸いた。そこにロウロウが青菜をどさりと投入する。
「さっきのは五火七禽扇。宝貝(パオペイ)ですよ」
ハイオリがネイの耳元で解説した。ネイはめまぐるしく動き回る女道士とコボルトの姿にすっかり目を奪われていた。
ロウロウは冷蔵庫から火の入っていない蒸しパンを10個ばかり取り出した。
「双子世界製の電気装置のなかでも、冷蔵庫は手放せないです!」
すると、じゃっじゃっじゃっじゃっと柄のついた平鍋を豪快に降っていたライカがハイオリに叫んだ。
「あんたさ、トウガラシ持ってるでしょ、よこしなさい。匂いでわかる」
「どうぞ、差し上げます」
ハイオリがマントからトウガラシの束を取り出して放ってよこす。
それをロウロウが受け取っていくつかを取り外す。さらに大きい戸棚からひとかかえある石板を引っ張り出し、その上に刻まれた魔法陣のうえにトウガラシと、また別の粉を何種類か配置した。
「師父!」
「はいよ」
イカは棚に並んでいる壷から謎の液体を鍋に注いでいたが、ロウロウの声に合わせて扇を一振り、炸裂音と白煙が上がり、中からホカホカ蒸したての蒸しパンが姿を現した。
さらに、ライカはトウガラシをいくつか口に放り込んでがちがちと歯で噛み砕き、
「フウ!」
火炎とともに鍋に吹きつけた。
「あれあれ、手が燃えないのかな」
「やー、あの人を燃やすのは生半の火じゃ無理だよ」
イカは鍋をかき回す手を止め、さじで一口味見をし、鍋を置いた。
「おまたせ、出来上がりだ」

「いただきます」
4人はロウロウが片付けた円卓について、出来上がった野菜炒めと蒸しパンを食べ始めた。
白玉ヂシャのざくざくした歯ごたえと甘さ、豚肉の旨みと甘さ、醤と油と、それらが引き立てあいながら、溶け合ってあたらしい味を作り出している。
ネイはいつ食べ始めたかも自覚せずに無心で食っている自分を発見してちょっとびっくりした。
「あいかわらずおいしいですね、ライカ姉さんの料理は」
ハイオリに、ネイも同意する。
「うん。おいしいですこれ、ホント。うわー、こんなのってあるんだ」
うめきながらも箸がとまらない。
「蒸しパンもどうぞ」
ロウロウが蒸しパンを皿に盛って差し出してくる。ちょうど口の中が塩辛くなってくる頃合いだ。ひとつとってほおばる。
「むう、これもなかなかですね」
ふかふかした蒸しパンは口に入れた瞬間柔らかい香りが広がり、噛むほどに甘みが増していく。野菜炒めの油っけと辛味が蒸しパンの甘みとうまく噛みあって、あわせてひとつの料理であるようだ。
ハイオリは野菜炒めと蒸しパンを交互に食べていたところ、ふと脇のネイを見やってぎょっとした。
ネイは蒸しパンを食べながら泣いていたのだ。
「ええ、どうしたの?辛すぎた?」
けれどネイは首をぶんぶん振った。そして蒸しパンを口に押し込みながら返事をする。
「おいふぃいでふ」
ネイの眼から涙がぽろぽろとこぼれた。
「ふげー、おいふぃいでふ」
ネイはもくもくと蒸しパンを食べ飲み下すと、新しい蒸しパンをひっつかんで手元に置き、それから野菜炒めの残りを食べ、また蒸しパンもくもく食べ始めた。蒸しパンが相当気に入ったらしい。
蒸しパンを半分ほど食べ終えたネイは、さらにまた新しい蒸しパンを確保し、やおら立ち上がると感極まったように歌い始めた。

エンゼキの山には
アムルの山男が住むでよー
山男の飼う猿が
冬の歌を歌うでよー


エンゼキの山から
冬の雲が流れて
村の娘の手のひらに
白い雪を降らせるでよー

歌うだけ歌ってしまうと、ネイはまた席について蒸しパンを食べ始める。
そんなネイを横目にして、残る3人は野菜炒めを箸でつつきながら頭を寄せてひそひそ話をした。
「なんでしょう、これ。なんか入れました?」
「知らないわよ。あんたの後輩でしょ」
すると蒸しパンをちぎりながらロウロウが言った。
「もしかして粉じゃないですか?こないだから蒸しパンの粉を北方シルバン産のエンジョウ小麦に変えてるんです」
「あ、ネイの故郷じゃん」
「なるほど、それはあるかもね。あの子の顔を見たときなんかおなかがすいてるっていうか、大事なものが足りてない感じがしたのよね。あんなに強烈に反応するとは思わなかったけど」
ハイオリはそれを聞きながら顎に手をやって、むーんと唸っていたが、
「それはそうと、姉さんの飯が泣くほど旨いのも本当ですよね。つねづね自分は反応が鈍くて申し訳ないと思っているのです」
イカはいー、と歯を剥いて言った。
「なーに殊勝なこと言ってんのよあんた。気持ち悪い!」
ロウロウが割ってはいる。
「じゃあ実際どうかあの子に聞いてみましょうか!」
「いえ、それはやめときましょう」
「あんなに幸せそうに食べてんのを邪魔できないわよねー」

帰りがけ、ハイオリはマントから酒瓶を取り出してライカに渡した。
「林檎の焼酒です」
「いいの?もらいすぎじゃない?」
「今後ともよろしくと言うことで」
見れば、庭先でネイとロウロウが携帯電話のアドレスを交換していた。
「あたしまだ使い慣れて無くて」
「すごく便利です!早く市外にもアンテナが立って、大秦国みたいにヒルノラント全域で通話できるようになればいいんですけど」
ネイはライカに向き直り、挨拶した。
「ごちそうさまでした!あの、また来てもいいですか?」
「大歓迎。いつでもいらっしゃい」
「ごちそうさまでした。じゃあ行きましょうか」
「再見ね!」
こうしてあたらしい縁を得たネイは、またハイオリについて勝手口から路地をぬけ、街の表通りに戻っていった。

(了)