投稿作冒頭

 書いててうわぁ……こりゃ全然駄目だ。みんなに酷評してもらおう。
 と思ったのでサラシ
 なんていうか……これなんて平成ライダー
 哲学さんに学園異能なんて書けないよ!!!
 でも、がんばる。

楽園のキミ、監獄のボク

序章 波乱の日常

 轟音が耳に響いた。
 咄嗟に進みかけた足を止める。
 巨大な黒い影が轟音と共に視界に飛び込んで来た。その黒い影――五トントラックは騒音をまき散らしながら悠然と眼前を通り過ぎていった。
 思わずアルジさんは顔を上げて信号を確かめた。青信号だった。どうやらトラックの方は信号無視らしい。今のは後一歩前に踏み出していれば確実に轢き殺されているところだった。
 周りで幾つか悲鳴が上がるが、当の本人が平然として歩みを再開すると、周囲の人間も何事もなかったように歩き出した。都会とは意外と順応性が高い。
「……なんでか信号無視の多い街だなぁ」
 なんてことを呟くアルジさん。
 何を隠そう、このアルジさん信号無視で轢き殺されかけるのは日常茶飯事である。気をとり直して信号を渡り、駅前のセンター街へ向かう。今日は欲しい小説の新刊も出るので本屋巡りの予定なのだ。
 かぁん、と何か金属がぶつかる音が頭上で聞こえた。咄嗟にその場を飛び退く。一瞬遅れてがしゃぁあんと鈍い赤色のH状の鉄材が落下してきた。周りでなにやら悲鳴が起きる。
 左に視線をやるとビルの改装中だったらしい。落下させてしまった工事現場のおじ様達が蒼白な顔をしている。これは下手をしなくても管理者の責任問題に発展する事態だ。
 が、アルジさんはため息を一つついて、何事もなかったかのように歩き出した。
「……やれやれだぜ」
 背後で「オイ坊主!」と呼ぶ声がしたが、無視して歩き出すことにした。人混みに紛れて近くのショッピングモールの中に入る。それだけで後ろから謝罪しようとしてきた工事現場の人たちを撒くことが出来た。こんなことに慣れている自分が虚しい。言うまでもなく、工事現場の前を通ると鉄材が落ちてくるなんてアルジさんに取ってはよくある日常の風景の一つでしかない。
 生まれついて早十六年。アルジさんは何故かこういう命の危険にさらされる事態によく遭遇する。我ながらよく死ななかったものである。まあ、経済大国日本に生まれていてよかった。もし、アルジさんが内戦の続く紛争地域の生まれならば確実に地雷を踏んで死んでいるところである。
「――助けてぇ」
 聞こえてきた声に哲学さんは思わず顔を上げた。見ると、ショッピングモールの中心を貫く大階段の真ん中より少し上の方でお婆さんが立ち往生していた。一階と二階をつなぐその階段の途中にはお婆さんが落としたらしい杖がある。
 しかし、周囲の人間は誰も反応しない。お婆さんの方を見ているのはアルジさんだけだった。そのせいか、お婆さんはアルジさんの方を見つめ、改めて言ってくる。
「助けてぇ」
 アルジさんは嘆息する。
「……やれやれ」
 階段の半ばにある杖を拾い、更にその上でしゃがみ込んでいるお婆さんのところに向かう。
「はい、どうぞ」
「あんがとね」
 杖を引き渡し、そのまま立ち去ろうとすると学生服の袖を引っ張られた。
「下まで一緒について行ってや」
 弱々しくお婆さん。
「……なんでエレベータを使わなかったんですか?」
「歩かないと健康に悪いやんか」
 あるじさんはため息を押し殺し、お婆さんの手を握った。ゆっくりと、一段ずつ時間をかけて二階から一階へと下りる。
「あんがとう。ほんま、助かったわ」
「いえ、気にしないでください」
 懐からアメを取り出そうとするお婆さんを手で制止しながら、その場から離れる。
 人に助けを求められると断れない。アルジさんの悪い癖である。ああもう、アルジさんは別にそんなお人好しキャラではないのだけれどなぁ。
 自慢ではないがアルジさんは変人で偏屈者がウリの現役高校生である。お人好しとかそんな甘っちょろいキャラではない。
 第一、いつも致死性のトラブルに遭遇してる割に骸骨とかグレイというあだ名がつくほどの短身痩躯で、握力も二十七キロしかない貧弱君だ。人助けとかする余裕とかないはずである。どっちかというと助けられる側の人間だ。
 なのに、誰も助けてくれないので、逃げ回るための足の速さと体力だけがついてしまった。脚力のある下半身とがりがりの上半身という凄くバランスの悪い体格だ。
 ――いい加減上半身も鍛えないとなぁ。アルジさんの日常生活を考えればそれが致命的な弱点となっていつか死ぬことになりかねん。
 そんなことを考えながら、書店巡りを開始する。欲しい小説は二件目の本屋であっさりと見つけることが出来た。どうやら今日はついているらしい。
 ――早く電車に乗って読もう。
 手に入れた小説が楽しみで仕方なくてニヤニヤしながらセンター街を足早に急ぐ。
 気がつけば辺りはもう真っ暗だった。本屋巡りの間にも外国人に道を聞かれてその建物まで案内したりしたから大分時間が過ぎたのだ。
「しゃーない。近道するか」
 アルジさんは肩をすくめて人通りの少ない道へと足を進めていく。アルジさんのトラブル体質なら、人通りが多くても少なくても危険度は変わらないのである。気を抜けばどっちでも死ぬだけである。なら、近道の方がいいに決まっている。
 ここは嫌と言うほど電気で満ちて明るい繁華街だが、一歩裏道に出ると異様に暗い場所が多い。それこそ魑魅魍魎の類が出てきそうなものだが、残念ながらアルジさんはまだそう言うのに遭遇したことはない。
 さすがにトラブル体質のアルジさんでも妖怪や宇宙人に会うのは無理らしい。少し残念だ。こんだけトラブルに巻き込まれるならば一度くらいそんな不思議体験をしたいのだけれどなぁ。
 ――遭遇していないと言えば、色恋沙汰にはまだ一度も遭遇してないか。アルジさんてば中学からずっと男子校だものな。同世代の女とはもう三年くらい会話したことがない。
 まあ、アルジさんの経験から言わせてもらえば女性と関わるとろくなことがない。なので、男子校に入って厄介ごとが減ってとてもよかったと思っているくらいだ。
 そもそも、アダムとイブや、古事記、パンドラなど大抵の神話において厄介ごとを持ってくるのは女性である。男はいつだって女に悩まされるものである。まあ、たとえ知り合いに女が居なくても恋人がいないということで世の若人達は頭を痛めることになるので居ても居なくても男は女に悩まされるのだ。
 ――てことは、今こうして女ってやだなぁ、と考えている時点でアルジさんは女に迷惑をかけられているのだ。なんてこった。これは訴えていいレベルに違いない!
 なんてことを考えてると右の脇道から思いっきり何かが飛び出して来た。気をゆるめていたせいで、避けきれない。
「きゃっ!」
 咄嗟にこけそうになるが、足腰だけは鍛えていたおかげでなんとかその場に踏みとどまる。だが、そのせいで路地から飛び出てきた少女は悲鳴を上げ、地面に尻餅をついた。その衝撃で持っていた鞄が開き、周囲に彼女の持ち物がばらまかれる。
「い……つぅぅう」
「大丈夫か?」
 アルジさんは声をかける。青いブレザーを着ていることから相手はどうやらこちらと同じ高校生らしい。今時珍しい長い黒髪の少女だ。考えていた側から同世代の女と遭遇である。
「別にどってこと――」
 アルジさんの声に彼女は顔を上げた。思わずぎょっとする。
 彼女は泣いていた。
「…………」
 目が合ってからすぐに彼女は自分が泣いていることを思い出したらしい。気の強そうな眼――というか眼光がこちらをじっとこちらを睨んできた。
 アルジさんは人と眼を合わせて話すのは苦手だ。相手の眼を見ると、ある程度相手の心がなんとなく分かってしまうからだ。今睨んできている少女は明らかに「この男、私が泣いてるところを盗み見たわね! なんて不埒なヤツ! 殺したい!」とか思ってるに違いないことが分かってしまう。……いやまあ、アルジさんの予想でしかないんだけどね。
「……えーと」
 気まずい沈黙を打開しようとアルジさんは口を開く。が、それを制するように女子高生は大声で叫んだ。
「馬鹿っ!」
 そう言って立ち上がると周りに散らばった本とかケータイとかお菓子をそそくさと拾い集め、来た道とは反対方向へ脱兎のごとく逃げていった。
「…………はぁ?」
 アルジさんは思わずそんな声をあげる。と、人通りの少ない裏道のそこかしこに視線を感じた。年配のおばさんやおっさん達が意味ありげな視線を投げつつ、アルジさんについてあることないこと囁きあっている。
 なんという理不尽。
「……やっぱ女はろくでもないな」
 肩をすくめてアルジさんが再び歩き出そうとした時、足下に何か落ちているのに気づいた。拾い上げてみる。
 それは一枚の真っ黒なカードだった。トランプをするには少し大きい。大きさとしては平均的なケータイ電話の一・五倍くらいか。
「なんだこりゃ?」
 先ほどぶつかった女が落として行ったのだろうか。それにしても、一体何のカードだろうか。何も模様がなく、ただただ表面が黒いだけのカード。しかし、何故か持つだけでよく分からない圧迫感の様なものを感じる。何も模様がないのにタロットカードみたいな雰囲気がある。
「……なにかのお守りか?」
 女は占いとか好きだからなぁ。
 しばらく待ってみたが先ほどの女は戻ってこない。
 ――まあいいか。
 アルジさんは黒いカードを懐にしまうと再び歩き出した。ともかく家に帰ろう。
 それはいつも通りの何でもない一日。いつも通りの日常の一幕。少なくとも――アルジさんにとってはそのつもりだった。

第一章 波乱の少女

 男子校とは極論すれば、――あるいは曲論すれば楽園である。思春期のこのお年頃、外の世界の男子共は一日の大半を同年代の異性と同じ時間を共にする。おかげで女どもに煩わされる事になる。それに比べれば男しかいないこの空間はとても伸びやかな楽園という訳だ。ある意味では究極の過保護といえる。
 まあいくら「過保護」に育てられてるとはいえ、所詮は思春期。大抵の男どもは女に興味がある。
 そこで男子校の男達は大まかに三タイプに分かれる。
 色恋沙汰とは無縁のまま、小学校時代の感覚のままに男も女も関係なく他人を「人間」として認識する者。
 隔離された環境で枯れてしまい、色恋沙汰に興味を無くす者。
 逆に性欲が増大する者。進学校なのでムッタリスケベが多く、それを外に出す者は少ないが、そうでない者もいる。
 例えば教室のうち何人かは見せびらかす女はどこにもいないのに茶髪に染めたり、休憩時間の間ずっと鏡を見て髪の毛を弄ってるものがいたりする。女に告白する度胸もないのに何故毎日鏡を覗いているかは謎でしかない。
 でもまぁ、学校が終われば外の世界で過ごすのだから鎖国とは違うのだが、不思議なことに、男子校に行ってるとそのまま放課後も結局男ばかりの生活をしてしまうのである。ここは進学校なので学校が終われば部活をするか、塾に行くか、まっすぐ家に帰るか、の三択くらいしかない。無論、帰りに寄り道するヤツは多いが、男同士でつるんで行動する事はあっても、そこに女が混じる事は皆無で、塾に行ってる連中くらいしか女と接点を持つ事などほぼないのである。
 ま、ここまで述べたのは家族に姉や妹がいなかったり、部活で他校のやつらと関わりのない連中の話なのだが。
 なんにせよ、楽園に慣れた男子高生達は大抵の場合、放課後も女性と触れ合うこともなく平穏だがとても閑散とした青春を送ることとなる。
 アルジさんもその例に漏れず、これから寂しくも平穏な放課後を過ごすためにずっしりと教科書の詰まったリュックサックを背負い、校舎を出た。まー、アルジさんの場合は他より少し致死性の高い日常なのだけれど。
 ――しかし、その日常は校舎から出た時点ですでに砕け散っていた。
 校門の前で黒山の人だかりが出来ていたのである。校門を中心に強力な結界でも発動されているのか人だかりは円状に形成されている。
 背が低いアルジさんにはその中心に何があるのかさっぱり見えなかった。
「お、RG。ええとこに来たな」
 同じクラスで仲のいいのっぽの雪畑が話しかけてくる。無論、言うまでもなく、RGというのはアルジさんのあだ名である。
「おう、どうしたんだよ、ユッキー」
「女や女。校門前に女がおるんや!」
「……なんとっ!? それは真か!」
 衝撃の事実に思わず声を挙げるアルジさん。
「――いかにも。某もはじめは我が眼を疑ったものよ……って何で侍口調やねん!」
「ふふふ、ユッキーのそんなところ嫌いじゃないぜ」
 ニヤリと笑い合う二人。なんか馬が合うのだ。
「なんにしても、ここからは見えん。二階の渡り廊下に回ろう」
「チビは大変やな」
「うっさい」
 悪態を吐きながら校舎に上り、二階の渡り廊下に出ると校門に集まる馬鹿な男どもがよく見渡せた。その中心、校門の外側には青いブレザーを着た女子高生が誰かを待っているのか校門の外からこちらをうかがいつつ、たたずんでいた。男子校の異様な熱気にやや押され気味なのが遠目にも見受けられる。
「……俺はこういう光景を見たことがあるで」
「ほう」
「アキバの駅前でメイドさんがおった時――オタク達はあんな感じで遠巻きにメイドさんを眺めとったわ」
「あー、それなら俺もテレビで見たことあるわ」
 というか、ユッキーは東京に行ったことあるのか。ああそう言えば去年コミケに行ってたっけ。
「まあでも、うちのガッコは進学校だからなぁ。体育会系が少ないおかげでほとんどオタばっかだからなぁ」
「あー、そういやそうやなぁ。つーか体育会系の奴らもオタばっかやんけ」
 思春期をこじらせた少年達は多くの場合、性欲の発散場所を二次元に求めるのである。中学にもなって漫画やアニメにはまるとかかっこ悪い――なんて文句を言う女子が学校にいないせいで二次元から卒業しない奴らが多いのだ。
「つーか、女が一人来たくらいでみんな騒ぎ過ぎだ」
 なんていいつつも、アルジさんはこの事態に半ば納得していた。男ばっかりの場所に突如として性欲の対象が来たのだ。遅すぎる性の目覚めが始まっても不思議ではない。なかなか面白いものを見た。
「オイ見てみ。四組の田中とか、三次元は死ね! が口癖のくせに最前列でテンションが上がりすぎて飛び跳ねまくっとんぞ」
「マジだ。やべぇ! なんだあの俊敏な動きはっ! ピザ格好いい!」
「勉強一筋とか言ってた二年の利岡先輩もやたらそわそわしながら校門をチラチラと見とわ。やっべ、ここにいる奴ら全員可愛いで」
 ユッキーはニタニタと楽しそうに眼下でドギマギしている男どもを見ている。
「いやなんていうか……あまりの童貞臭にヒクわ」
「お前が言うな」
 律儀に突っ込んでくるユッキー。はいはい、童貞で悪うござんしたね。
「しかし、ここから見ると童貞とそうでない奴らの反応が分かりやすすぎて困る。男子校に女を連れてきたら童貞が即バレするな」
「いや、さすがにウチだけちゃうか?」
 苦笑するユッキー。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 不意に、背後に気配を感じた。びくり、とアルジさんとユッキーは体を硬直させた。振り向かなくても分かる圧倒的な威圧感と存在感。間違いない。背後に現れたのは――。
「汐野貴志雄」
「イエス・アイアム!」
 振り返ると同時に名を呼ぶと、何故か体を斜めにした奇妙な姿勢で立つ学ランの少年がいた。学ランなのは同じ高校に行っているのだから当たり前なのだが、何故かこの男は廃止されたはずの学生帽まで被っている。体格はアメフト部にスカウトされそうなくらいの逆三角形の筋肉を持つムキムキ野郎である。そして、彼が存在しているだけで何故か周囲にはゴゴゴゴゴゴという効果音が出てきそうな圧迫感があられるのだ。
 そう、彼こそが校内でも一・二位を争う変人の一人、汐野貴志雄――通称ジオジオである。
「よ、よぉ……ジオジオ。お前もあの女に興味あるんか?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 ジオジオは応えない。ただ重い空気だけが漂う。
「あれって、S女の制服だよな。女子校の女がなんでこんなところに来とんやろうな?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 ジオジオはあくまで応えない。ただじっと校門にいる女を見つけていた。
 空気に耐えられなくなり、アルジさんの首根っこをつかんで無理矢理渡り廊下の反対側、ジオジオの後ろ側に連れてくる。
「おいおい、空気が重い、てレベルじゃないで。全然会話にならんのやけど」
 言うまでもなくユッキーはジオジオが苦手だ。
「……まあ、素人にはお勧めできんな」
 まあ見てろ、と片手で制してアルジさんはジオジオの隣に立つ。それと共にゴゴゴゴゴと、ジオジオ特有の圧迫感が体に迫ってくる。黙り込みそうになる空気を押しのけてしゃべろうとした時、不意にジオジオは呟いた。
「覚悟はいいか? 俺は出来てる」
 ゴゴゴゴゴ、となにやら壮絶な決意に満ちた表情で彼は言う。
「出会いは――引力だ」
「おい、ジオジオ……まさかお前」
 唖然とするアルジさんを無視してジオジオは、両手を上に掲げ、微妙にくねっとしたポーズで告げる。
「……祝福しろ」
 アルジさんは思わず絶句した。こいつ……真性のアホだ。
「馬鹿! 待てっ! 早まるんじゃない!」
 思わずアルジさんはジオジオに掴みかかろうとするが、非力なアルジさんはあっさりと振り払われ、階段の下に降りていくジオジオを見送ることしか出来なかった。
「…………どういうことや?」
 訳が分からずユッキーが訊いてくる。
「……見てれば分かる」
 再び渡り廊下から校門を見下ろすとモーゼの十戒のごとくジオジオの歩くその先で人波が左右に割れた。上級生達であろうと、下級生であろうと校内の変人トップランカーを知らぬ者はいないのだ。いや、ただ単に近寄りたくないだけだけど。
 ゴゴゴゴゴと、全身から擬音を発しながらジオジオは校門前で誰かを待つ女に近づいていく。思わず見ているアルジさん達もごくりとつばを飲んだ。
 女の方も突如現れた怪しげな学ラン男に警戒心を感じて後ずさっている。
 しばしばにらみ合う二人。
 そして、ジオジオが言葉を発した。
「……すんっ!」
 うおい! いきなり噛みやがった!
「す……す……すすすすすすすすすすすすすすすすすすす」
 それでもなんとか先へ続けようと必死で声を張り上げるジオジオ。
「すすすす……き……す……す…………すすすす……結婚してください!」
 うぉおおおい! どんだけ飛躍してんだよジオジオ! 百歩譲っても、そこは好きです付き合ってください、だろうが! いきなり結婚とかありえん!
「さすがジオジオ! 俺たちに出来ないことを平気でやってのけるぅ!」
「そこに痺れないっ! 憧れないぜっ!」
 最前列で先輩達が四組の田中とおもしろがってはやし立てている。おいおいテンションあがりすぎだよお前等。十メートル以上離れた二階の渡り廊下まで声が聞こえてるぞ。
 盛り上がる男どもとは裏腹に、女子の方はうんざりとした顔でぽつりと何か呟いた。遠すぎて聞こえないが、たぶん、ウザイとかキモイとかそんな感じの言葉を言ったのだろう。
 ぴしり、と何かがひび割れる音が聞こえた気がした。そして、ジオジオは立ったまま白目をむいて動かなくなった。
「さすがジオジオはものが違うな」
 アルジさんも無意識に敬礼してしまったよ。
「いやいや、訳が分からんて」
 ユッキーが冷静に突っ込む。うむ。確かに分からんよな。童貞パワーの暴走とは恐ろしいものだ。
「ま、それはいいとして、ジオジオのせいで次々と馬鹿どもが告白合戦を開始したな」
「……うわ……、そこに痺れない憧れないって言ってた癖に」
 しかし、女子高生も強者だった。次々と現れる男どもをなにやら一言で撃退している。この調子ならあと十分もすれば包囲網のうち半分くらいは振られるんじゃないだろうか。
「しかし、俺はメガネマンだから、この距離だと正直あの女が美人なのかどうか分からんけど、そこんとこどうなんだ?」
「んー、言うほどやないな。クラスに一人か二人いるくらいの可愛い子、てところやね。学年単位だったらトップテンから落ちるくらいのぷち美少女」
「ほう。そんな程度の女の子でも、ここではモテモテだな」
「まあ、なんのかんので飢えとるからなぁ」
 見ると聞くとじゃ大違い。普段は金なんていらない、と言っている人間も札束が落ちてるのを見たらたぶん拾うだろうし、女に興味がないと強がってる男もいざ美人が目の前に来たらドギマギするのは世の真理なのだ。こうして見ている間にもう十人くらいの人間が付き合ってくれと頭を下げている。うちの学校は実に馬鹿どもの巣窟である。
「でも、S女って、あの偏差値の低い女子校だろ?」
「女の子に頭の良さとか関係ないやろ」
「いやいや、あんまり違いすぎたら話が合わん」
「お前と話の合う女とかこっちが見てみたいわ」
「む、それはどういう意味かね?」
「お前、ウチのガッコで一番変人やんけ」
「何っ! 俺はジオジオ以上なのか!」
 それは初耳だ。確かに何故かうちの学年でアルジさんを知らないヤツなどいないが――そんなに目立つ存在だろうか、アルジさんは。
 そんなこちらの思考を中断するように、突如として野球の硬球が豪速で飛来し、アルジさんの頬をかすめて近くの階段の壁にぶち当たった。
「……またか」
 ユッキーが落ちた硬球を拾いつつ、嘆息する。グラウンドは渡り廊下を挟んで校門の反対側である。しかも、グランドまでにはテニスコートが間にあるのでここまで野球部の球が飛んでくることはまずあり得ない。
 が、こんなことはアルジさんに取っては日常茶飯事だ。
「大丈夫ですかー?」
 渡り廊下の下から野球部の一年生達が声をかけてくる。
「ああ、なんつーかいつものことやしな。そっちも気をつけろや」
 ユッキーはこちらを指さした後、ボールを下に軽く投げてやった。後輩達はアルジさんの顔を見るとそれだけでなんか納得したらしい。我ながら、今まで一度も鼻の骨が折れたことがないのは僥倖だと思う。
「でもあれやな。昔に比べて怪我しなくなったなぁ。つーか、そのメガネいい加減変えへんか?」
「ふん。伊達に波瀾万丈に生きとらん。つーか、おかげで金がないんでメガネも買えん」
 アルジさんのメガネは波瀾万丈な我が人生を反映してフレームがボコボコに曲がりまくっている。何かある度にぐんにゃりと曲がるフレームを非力な腕力で必死で元に戻しているせいで、正面から見るとメガネが斜めに傾いているように見えるのである。
「ま、黒板の字が見えたらそれでよい」
「まあええ。お、校門前が大分空いてったな」
 ユッキーの言葉に振り返ると確かに校門前は大分人が減っていた。まあ、そろそろ十六時半だし帰るヤツは帰るだろう。しかし、女の子は待っているヤツが未だに来てないのかまだ校門前にいた。そして、それを遠巻きに見ている男達も何人か見える。
 うん、あの子確実にファンクラブが結成されてるぞ。楽園の崩壊は早かったなぁ。ま、どうでもいいか。
「んじゃ、俺も帰るか」
「おう、俺は用事あるから図書室行ってくるわ」
「ほいほい。んじゃな」
 ユッキーと分かれてアルジさんは校門へと向かう。さてさて、今日も適当に本屋巡りでもしてから帰るか――などと考えながら校門をくぐる。すると、何故かアルジさんの目の前には女の子が立ちはだかっていた。
「…………」
 眼があった。見るからに男勝り、て感じのとても気の強そうな眼をしていた。この女、間違いなくお転婆娘に違いない。そんな男みたいなきりりとした眼をしていながらも、黒髪は腰まで伸びており、その体つきも男とは大きく違う凹凸のはっきりした体つきをしている。別にスタイル抜群と言うわけではないのだが、ボーイッシュなのに女らしい体つきなのでそのギャップがなんかエロい。成る程、ユッキーの言うとおりさして美人と言うわけではないが、うちの馬鹿どもが群がっていたのも無理はない。彼女はこれからしばらくは我が校の男達から女神としてあがめ奉られるだろう。
 そんな我が校の女神様は両手を腰に当てて何故か仁王立ちの状態でこちらを睨んできている。
 ――なにかの間違いだろう。
 アルジさんが体を右にずらすと、彼女もまた体を右にずらしてきた。一歩移動すると一歩ついてくる。
「…………」
 この女何がしたいんだ。今日はアルジさんを家に帰さないつもりか。エロい。
 ふと気がつくと背後からやたら視線を感じた。振り返ると遠巻きに女の子を見ていたファンクラブの皆さん方。何故か頭に『校門子たんを静かに見守る会』と鉢巻きを巻いてる奴らがやたらこっちを見ていた。いやいや、『コウモン子』とか凄いセクハラだな、おい。
 しかし、女の子はこちらの進行方向を塞ぐだけで何も言ってこない。どうしろと言うのか。仕方ないので踵を返して図書館のユッキーと合流しようか。
「ちょ……ちょっと話が、あるん、だけど」
 ぶっきらぼうに女の子は言ってくる。なんか声が上ずっている。よく見ると女の子は見るからに緊張していた。顔を真っ赤にしてもじもじしている。どういうことだ。アルジさんはジオジオ以上のプレッシャーを彼女に与えているということなのか。
「いや、俺にはない」
 アルジさんはそう言ってドギマギしている彼女の横をすり抜ける。
「あ、あの、あるの!! あたしには話があんの!」
「俺の与り知るところではない」
 てくてくと早足で歩くアルジさん。関西人は歩行速度が全国でもトップレベルを誇るが、そんな関西人の中でもアルジさんは上位に位置するほうであると自負している。そんなアルジさんに彼女は小走りでついてきた。
「あ、アズカリ?」
「知ったことではない、と言う意味」
 つい癖で補足説明をしてしまう。アルジさんは言い回しが古くさいから日常会話で聞き返されることが多いのだ。古くさいというか、文語っぽい口調で会話してしまうのである。意識したことはないが、小学校の頃から「何でお前はキョーカショみたいなしゃべり方すんねん」と突っ込まれていたくらいだ。まあ、本の読み過ぎなのだが。
「なんにしても、つけ回すのはやめて欲しいな。彼氏が欲しいなら、さっき大量に告白していたメンバーから選ぶがよかろう」
「ばっ、勘違いしないでよね! そんなんじゃないわよ!」
 曲がり角にあるミラー越しに背後の彼女を見てみるとやたら顔が真っ赤だ。なんかえらく男慣れしてない。見た目は男勝りキャラのくせによく分からないヤツだ。っていうかさっきまでうちの馬鹿な男どもの告白をばっさばっさと切り捨てていた癖によく分からん。
「ていうか、もっとゆっくり歩いてくれない? 疲れるんだけど」
「合わせる理由が皆無だ」
 肩をすくめてアルジさんは更に前へと進む。
「キミの言うことをきいて俺になんのメリットがあるのかな?」
「あ、あたしみたいな可愛い子と会話できるだけでありがたいんでしょ?」
 なんか少し嬉しそうに彼女は言う。ああ、さっき嫌と言うほどモテモテだったもんな。
「はいはい。十分幸せは噛みしめたのでお帰りください」
「……なによそれ! ていうか速度あげるのやめてよ! 疲れるんだって! ねぇ! ねぇってば!」
 学校帰りを女の子に追いかけられる。うちの学校の連中が聴けば殺してでも奪い取ろうとしかねないほどのうらやましいシチュエーションにいるような気がするのだが、一向に嬉しくない。ああもう、これだから女子はうるさくてかなわない。
 第一、女に追いかけられるというのがよくない。女に追いかけられてろくな記憶はない。
「ちょっと聞いてるの!?」
 ――おっと、鳥の糞が危うく頭に当たるところだった。
「ねえっ、てば!」
 ――うぉっと、なんか今度は街路樹が突如倒れてきた。方向転換で回避!
「ちょ……今の回避凄い!」
 ――だぁぁ、今度は坂道から急降下で降りてきた自転車が進行方向に! バックステップでぎりぎり回避!
「………………」
 なんか後ろについてくる女の声が聞こえなくなった。まだついてきているようだが、視線が次第に人間を見るものから珍獣を眺めるようなものに変化している気がする。
 アルジさんは気にせずそのまま横断歩道を歩いていると横合いからビビィィッという車のクラクションが突如として鳴り響いた。全力で前に走り抜けると、背後を信号無視の車が二台駆け抜けていった。
「馬鹿な……黒いベンツがこんな街中でデットヒートしてやがる」
 おかしいな。日本の、それも関西の片田舎なのにアメリカのロスみたいなことが起きてるんだけど。これはアルジさんの人生でも軽く初体験である。
「……ちょっとあんた」
「あ、まだ居たのか」
 思わず返事を返す。むぅ、無視してやり過ごす予定が台無しだ。彼女はいつの間にやらゼーハー言いながらもアルジさんの隣で座り込んでいた。スカートは短くないのでパンツは見えなかった。
 ――いかんな。女嫌いを気取ってる癖に目の前でひらひらしているとついつい視線が向かう。これが本能か。これが若さか。
 そんな自己嫌悪に至るアルジさんを無視して彼女は話しかけてくる。
「そこに喫茶店があるからそこで話しましょ。あんたも疲れたでしょ」
「んにゃ、いつものことだし」
「嘘つけ! こんなこと毎日ある訳ないじゃないっ!」
「残念、こういうことには慣れてるし、俺は今から更に五十メートル全力で走るくらいの余裕はある」
「ちょ……あたしが疲れてんのよ!」
「知るか。第一、喫茶店に行く金もない」
「じゃあ、おごるから!」
「はい、お嬢様。喫茶店はあちらですよ」
 彼女の言葉に即座に反応し、紳士的に手をさしのべるアルジさん。
「へっ!……あ、ああ、うん……ありがとう」
 彼女がこちらのさしのべた手をぎゅっ、と握ってきた。
 ――やばい。なんて柔らかい手をしてるんだ。
 運動をやっているのかある程度の固さと弾力がある。なのに、男とは違って女の手は――彼女の手は凄い柔らかかった。その妙な柔らかさに何故かドギマギする。
 非力なアルジさんではあったが、なんとか彼女をひっぱって起こすことには成功した。手を離すとなんか向こうは向こうで凄い顔が赤くなっていた。
「おやおや、顔が赤くなってますぞ、お嬢さん」
 わざとニヤニヤ笑いながら相手の鼻先に顔を近づけてやる。実行したとたん、こちらの心臓は驚くほど跳ね上がる。だが、彼女の反応はそれ以上だった。
 彼女は目を見開き、うひゃあっ!と顔を真っ赤にしながら後ろに飛び退いた。
「ダメダメダメダメ!! 近づくの禁止!!」
 わたわたと両手を上下に振ってそのまま後ずさる。おいおい、こんな動き漫画でしかみたことないぞ。そして、そのまま彼女は後頭部を電柱にぶつけた。
「ぃだっ!…………………あいたたたたたた」
 軽く涙目になりながら彼女はその場にしゃがみ込んだ。
「もう、なんなのよ!」
 こっちが聞きたい。だが、今の反応でなんとなく分かった。この女からは処女臭がする。どうやら、男子校も女子校も事情は変わらず、世俗の異性から隔離された者達は異性に対する接し方を学ばないまま思春期を通過するので異性とのコミュニケーション能力が極端に落ちているらしい。また一つ賢くなった気分だ。
 さっきの告白大会の時も何のかんので五メートルくらい離れた位置から告白されてたからなぁ。男どもの意気地のなさに軽く泣けてくる。
 ――まあ、それはいいとして。
 ようやく立ち上がった彼女はアルジさんより少し身長が上だった。アルジさんの身長は158センチなので、おそらく彼女は160センチ前後だろう。
「ちなみに、お嬢さんの握力幾つですかい?」
「ん? 45キロだけど?」
 握力27キロのアルジさんの1.5倍はある。単純な力勝負では勝てない。それは肝に銘じておこうと誓った十六歳の春である。
「……あーあ。いつの間にやら夕方か。無駄な時間をつぶしてるなぁ」
 いつの間にやら空が赤い。太陽が沈みかけている。昼と夜の境界の時間。
 いわゆる一つの逢魔が刻、てヤツである。こんな時間には昼と夜の境界が曖昧になって妖怪に遭遇しやすくなると昔から言われている。昔の人はなかなかロマンチックなことを考える。けれど、残念ながら今までの経験上、アルジさんはそんな事態に遭遇したことなど――。
「――しまった!」
 アルジさんの言葉を聞いて、突如として彼女は顔色を変える。どうしたのかと尋ねようとした時――世界がぶれた。
 赤く染まる街が、そこを行き交う人が、車が、あるゆるものがぶれる。壊れたテレビのように視界が乱れる。まるで、世界そのものが引き裂かれそうな感覚に落ちてる。
 最初に思ったのは地震だった。かつてこの街では大規模な都市直下型地震が起きている。かくというアルジさんもその大規模地震に被災したことがある。
 思い出されるプレハブ校舎。小学校の体育館からひっきりなしに聞こえてくる子供や老人の声。空から聞こえてくる鬱陶しい自衛隊ヘリの音。
 だが、これは地震じゃない。世界はぶれているというのに、自分は何一つ振動が伝わってこない。人も車も平然と動き回っている。
「――来る」
 彼女が呟いた。
 そして、世界からあらゆる音が消えた。
「――なっ!」
 あれだけ居た人が全て居なくなってた。ここにあるのはただ夕闇に包まれるだけの、無人の街。街灯も灯っていなければ、騒々しい電子音も聞こえない。
 薄暗闇に包まれた世界で、ただアルジさんと、例の女子高生だけが取り残されていた。
「あーあ、こうなる前にカードを取り返したかったのに」
 彼女は苦々しげに呟く。
「カード?」
「そ。あんたが昨日あたしの落としたカード拾ったでしょ?」
「さぁて。知らないね」
 咄嗟にすっとぼける。今はこちらの手札を見せるべきではない。
「この世界に取り込まれてる時点で言い逃れしても無駄! あれはこの世界へのパスポートみたいなモンだから!」
 自分のテリトリーに来たせいか、彼女はなにやら強気になって言ってくる。いや、本来はこんな感じの子なのだろう。
「……この世界、ね」
 疑わしげにアルジさんは周囲に目をやる。さすがのアルジさんもここまでの異常事態は初体験だ。一体何が起きているのかさっぱり分からない。あえて推測するならば――。
「同じ場所だけど、僅かに違う次元にずらされた……て感じか?」
「ふうん。飲み込みが早いのね」
 ――合ってるのか。
「実は、あたしは魔法使いなの」
 さらっと馬鹿げたことを言い放つ女子高生。
「魔法使い?」
「そ。しかも、世界を救う正義の魔法使い! あたしはこの世界を壊そうとする化け物からいつも世界を守るために戦ってるのよ!」
 嬉しそうに、はしゃぐように彼女は胸を張る。まるで自分は他とは違う特別な存在であること誇るように。
「――あっそ」
「あっそ、て何よ! なに! もっと他に色々と言うことがあるでしょ!」
「……ふむ」
 口に握り拳を当てて考える。おっと、これは詐欺師のポーズだ。少しずらしてあごのところに手を持っていき、改めて考える。今一番聞くべきことは何か。
 ――決まっている。
「どうやったらここから元の世界に戻れる?」
「残念。化け物を倒さない限り、ここから出られないわ。そして、化け物を倒せるのはカードと契約した魔法使いだけよ」
 なんかやたらと自慢してくる女子高生。あーうざいなぁ。
「まあいい。ならとっとと化け物を倒してこい」
「なに、その言い方! それが人にものを頼む態度!?」
「それが仕事だろう。仕事ならば言われなくてもやって当然だ。むしろ、仕事が出来てなければ文句を言われるだけだ」
 アルジさんの言葉に彼女は黙り込んだ。
 そして、更に文句を言おうとした時――彼女は大きく目を見開いた。
「あぶ――」
 彼女が口を開いた瞬間――すでに条件反射的に体は動いていた。その場から横に飛び退き、距離を取る。数秒遅れてアルジさんが元いた場所に巨大な何かが突き刺さっていた。
「……成る程、確かにこれは化け物だ」
 振り向きつつ、背後に現れたその化け物を見上げた。
 それは巨大なコウモリだった。小学校の時、よく渡り廊下にコウモリの糞が落ちていたことを思い出す。夕暮れ時にみたコウモリはかわいい手のひらサイズだった。しかし、今アルジさんの目の前で飛び回っているのは体長五メートル近くあり、その姿形も記憶の中のコウモリとは大きく違っていた。
 体そのものがなにやら金属やアスファルトらしきもので構成されており、どちらかというとロボットに近い印象を受ける。だが、その人造っぽいコウモリの口はぎちぎちと牙を剥き、キシャアと奇声を発している。地面に突き刺さった鋼鉄の牙を引き抜き、上昇を始める。
「で、どうするんだい、お嬢さん」
「え、ていうか……あんた何でそんなに平然としてるの?」
「悪いな。お生憎様。俺はリアクション芸人ではないからな。とりあえず、よく分からない事態に巻き込まれることには慣れている」
 こういう時、冷静さを失った方が負けるのだ。だから、ともかく正気を失わないように冷静さを保たせるしかない。とりあえず、背中に背負った重い鞄はその場に置き、身軽にする。
 再びコウモリが急降下してくるが、重い荷物を下ろしたおかげで、今度は難なく回避する。モーションが大きいおかげで相手が素早くてもなんとか対応出来てる。
 ――ていうか、こいつ何故かアルジさんを狙っている。まあ、弱そうなものから狙うのは常識だけれど。
「ほら、早くしないとお前は世界を守れず俺を殺すことになるぞ」
「ええ、言われなくても! あんたは後ろに下がってなさい! そして、あたしの勇姿を見てなさい!」
 そう言って彼女は懐から一枚のカードを取り出した。それはアルジさんが拾った黒いカードとは違い、真っ白なカードに金の縁取りで装飾されている。
 彼女はそのカードを人差し指と中指で挟み、顔の前に掲げた。
「我がアカネの名をもって汝が封を解放せん」
 彼女の言葉と共にカードになにやら血のような紅の紋章が浮かび上がる。そして、カードから声が響く。
【我は誰そ。我が身は何そ。我が存在は何のために?】
「汝は光。その身は槍。我が敵を討ち貫く退魔の武器なり」
【スピア・マゼンタ】
 彼女――おそらくアカネと言う名の少女の言葉と共に、カードは強力な光を放ち、次の瞬間には赤く輝く光の槍に姿を変えていた。
 それに反応し、コウモリは口を大きく開き――そして大気を震わせた。
 思わず耳を塞ぐ。
 人間では感知できない音が上空から降り注ぎ、アルジさんの耳を、脳を軋ませる。
「ぎゃっ!」
 見るとアカネも音の暴力に耐えきれず、光の槍を投げ出し、両耳を塞いでいた。
 そんな彼女に向かって、コウモリが急降下してくる。
「おいおい、お前は化け物退治のプロじゃなかったのか!」
 アルジさんの叫びにアカネは反応し、落ちた槍に飛びつき、拾う。そんな彼女の元に身長と同じだけの大きさを持つ巨大なかぎ爪が迫り――。
 激突の瞬間より僅かに早く彼女は手にした槍を上空へと放つ。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!」
 それだけで全てが終わった。
 放たれた赤き閃光は数十倍にも膨れあがり、夕焼けの世界に巨大な赤光の柱をぶち立てて、そのまま化け物コウモリを飲み込んでしまった。
 後には何も残らない。気がつけば、再び夕暮れの世界に彼女と二人きりに戻っていた。
 ――否。天空から白いカードがくるくると落ちてくる。アカネが手を伸ばすとカードは自ら彼女の手元にばしっ、と収まった。
 それと共に、再び周囲の光景がぶれていく。ぶれにぶれて――気がつけば多くの人が行き交う、普通の夕暮れの街に戻っていた。
 ――凄かった。何という非現実的な光景だっただろうか。異形との戦い。強大な力のぶつかり合い。それは男の子ならば魂が震えないはずがない。いや、普通の人間ならば命をかけた戦いに怖じ気づくかもしれない。しかし、普段から死ぬような目に遭っているアルジさんにはそれの格好良さの方が際だった。
「ふふん、どうかしら、あたしの魔法」
 そう言って彼女は誇らしげに胸を張った。
 ――が、しかしである。
「……いや、全然駄目だろう」
 思わずアルジさんは呟く。
「ええっ! どこが!」
 確かに化け物との戦いというシチュエーションそのものは格好いいと思った。だが。だがしかしである。
「……なんていうか、あまりにも行き当たりばったりすぎる。槍が間に合わなかったら終わってたじゃないか」
「い、いいじゃない! 間に合ったし!」
 いやいや、全然よくないだろう。なんなのあの戦い方。一撃必殺の武器……というか魔法があるのに凄く締まらない。なんていう力の無駄遣い。
「なんていうか、お前はやることなす事中途半端で、見てられない。危なっかしい。なんでお前みたいなのが魔法使いやってるんだ?」
 その言葉に彼女は黙り込んだ。
 そして、自分の手元のカードをしまうと無遠慮に右手を差し出してきた。
「…………ともかくカード返して」
 あー拗ねてる。すごく拗ねてる。顔が滅茶苦茶不機嫌な顔している。なんて分かりやすい女なんだ。女ってもっと嘘がうまいモンだぞ。――小学校の時の記憶だが。
「あれは魔法の道具なの。一般人の。ふつーの人間のあんたには関係ないものだわ。返して」
 まあいい。この女がどうであれ、アルジさんには関係のない話だ。アルジさんとしてもこの女に付き合うのは飽きてきた。
「成る程、確かに俺には必要のないものだな」
 だから、きっぱりと言ってやる。
だが断る
 そう告げた瞬間、彼女の目は大きく見開かれる。そして、一転して敵意に満ちた視線をこちらに向けてくる。
「どういうつもり? あんた、自分も魔法使いになるとでも言うの?」
 おおいいねぇ。そうやって怒ってる顔はなかなかかわいい。おどおどしてるよりもずっといい。けれど、今はそれは関係ない。
「悪いけど、たかだか魔法使いごときに身をやつすつもりはないよ」
 みるみるうちに彼女の顔が険しくなっていく。ああやっぱり。この子は世界を守る使命とやらには興味がない。そんなことに従事している自分に酔ってるだけだ。だとするなら、なおさらアルジさんの持つカードを渡す訳にはいかない。
「カードの持ち主に君はふさわしくない。それに――カードが嫌がっている」
 アルジさんの言葉に彼女ははっ、とする。
「あんたまさか――」
 驚く彼女にニヤリと笑いながら告げた。
「ああ、聞こえているよ。カードの声が」
 夕暮れ時、にらみ合う二人の周りを多くの人が行き交う。彼らには彼らの日常があるのだろう。そして、アルジさんと――目の前にいる少女の前にもまた別の日常が姿を見せつつあった。




○本題に入るまでが無駄に長い。
○女嫌いを主人公にしたために、女の子のかわいさが表現できてない。
○一人称が下手くそ。
○ボーイミーツガールしてない。
○ともかく、女の子がかわいくない。←重要

 王道を外そうとして失敗してるなぁ。