進捗報告 2/5 分

 今日も原稿用紙10枚分達成。
 今まで書いた分をサラしたら文章が酷い、と言われたので、とりあえず一人称をやめて、いつも書いてる文体に戻してみる。
 とはいえ、こっちの文体は堅い、て言われるんだよなぁ。
 ……まあ、文体だけの問題ではないのだけれど。

第二章 狂騒の学園

 次の日。アルジが登校すると――すでにそこは彼の知る学園ではなくなっていた。
 昨日までの学園はトラブル体質の彼にとっては数少ない心休まる楽園であった。
 だが、今眼前に広がっていたのは――敵地。楽園とはほど遠い監獄の様な場所だった。校舎の至る所から生徒達のギラついた視線がアルジの全身を貫き、肌がざわつく。
 ――家に、帰りたい。
 嘆息が自然と漏れる。
 それでも――学校には行かなけばならない。終わりなき日常を生きる清く正しい日本の学生として、それは避けられない運命なのである。心にそう覚悟を決めながらも、彼の足は重くなるばかりであった。
「よう、RG」
 教室に着くとノッポの友人がいつも通りに迎えてくれた。
「おう、ユッキー。
 一つ質問なのだが――ここはいつからアルカトラズになったんだ?」
 アルジの言葉に友人は肩をすくめる。
「言うまでもないやろ。お前は全校生徒を敵に回したんや」
「いやいや。そいつはおかしい。俺はあの女とは何の関係もないぞ」
「他の男共が相手にしてもらえなかったのに、お前は向こうから声かけられてたからな。――しかも、それを邪険にあしらっていた。これで嫉妬されない訳がない」
 なはは、と肩をすくめる友人。
 ――なんという理不尽。
 アルジは鞄を机の脇に引っかけ、机の上に突っ伏した。ひんやりとした木の感触が頬に伝わり、僅かにアルジの心を癒す。
「やれやれだぜ。俺はあんな女などいらん。欲しいヤツがいれば連れてけばいいのに」
「マジで!」「それは本当か!」「その一言を待っていた!」
 不用意な彼の一言に、遠巻きに見ていた生徒達が声をあげる。教室や外の廊下から普段はろくに話もしない癖にここぞとばかりアルジを取り囲んだ。
「RGよ、俺達は親友やんな」
「RG先輩! これからはあんたんことを師匠と呼ばせてください!」
「なあ、思うねんけど――ああいう気の強い女の子、て俺みたいな包容力のある男が合うて思うねんけどどうやろ?」
 次々と繰り出される戯れ言にアルジは耳を塞いだ。宝くじの当たった人間は突如友人と親戚が増えるというが、まさにこういうことを言うのだろう。
 ――あの女め。俺の平穏な日常をぶちこわしやがって。
 アルジが心の中で悪態をつく。授業開始まで後二十分もある。それまでこの喧噪は終わりそうになかった――かに思えた。
『あーもう、なんかうるさいの』
 教室に響いたその声は一瞬にして周囲のざわめきをかき消した。
「おい、今女の声がせえへんかったか?」
「間違いなく聞こえた。しかもロリキャラの声だぞ」
「お前そこはめざといな」
「どこだ! 今の声の主はどこだ!」
「探せぇぇ! なんとしてでも見つけろぉぉぉ!」
 教室に響いた少女の声を巡って男達は右往左往する。
『――だからうるさいって言ってるの。言われたことは一回で認識して欲しいの』
 ぷんすか、と言う擬音が似合いそうないかにも幼い声が再度教室に響き渡る。
 そして、体を起こしたアルジの胸元からひょこん、と手のひらサイズの少女が現れ、机の上に着地した。黒いおかっぱに、くりくりとした大きな瞳、ぷっくりとふくらんだほんのり赤い頬。そのどれもが可愛らしい少女だった。
 ただ、その少女はその大きさもさることながら、服装も時代錯誤な和服であり、まるで古書に出てくる平安貴族の様な佇まいだ。そしてなにより――その体は半透明で、体の向こう側が透けて見えるのである。
「ちょっ、何コレ!」
「すげぇぇぇ! ムッチャかわいい!」
『ああもう、だからうるさいと言ってるの』
 周囲の男共が興奮気味に猛る。
「お前等反応いいな。リアクション芸人に向いてるぞ」
 アルジは周囲をうんざりとした表情で見回す。
「いや、お前が醒め過ぎやって」
「うっさいわい。昔からこうなのお前も知ってるだろ」
 唯一まともに会話してくれるユッキーに愚痴をこぼす。
「でもまあ、このかわいいのはなんなんや?」
『へへん。聞いて驚きくがいいの。我は神なの』
 えへん、とちっこい自称神の半透明の少女が胸を張った。
「なんかこの光景、昨日見たことがあるな」
 呟くとくるり、と幼女神様がアルジの方を向く。
『あんな馬鹿女とは一緒にしなの! 我はとっても偉い神様なの!』
「カードに封印された、だろ」
 嘆息しつつ、呟く。そう、この自称神様は一昨日に拾ったカードに封印されていた神様らしいのである。
「いや、ちょっと待ってや。お前達何を騒いどんや?」
 騒ぎに水を差すように一人の男が口を出す。彼はさっきから騒ぎを遠巻きに見ていたクラスメイトの一人だった。
「あ、エスエスには見えないのか」
 彼は二年前、エスエフをエスエスと言い間違えてからずっとこのあだ名である。
「ああ、全然見えんし、何も聞こえへんぞ」
 教室を見回すと、数人がうんうん、とエスエスの言葉に頷いている。
「――成る程そうか」
 思わずアルジは苦笑した。今頷いたメンツの顔は心に刻んでおこう――なんてくだらないことを思う。
『ああそっか。我の声は心と体の清き者にしか聞こえないの』
「心と体の清い? 俺たちが?」
 周囲を取り囲んでいた男達が思わず胸に手を当てる。どいつもこいつも心が汚れているという自覚があるのである。
 だから、言ってやることにした。
「童貞にしかこの子は見えんぞ」
 瞬間――教室が凍り付いた。
 その場にいた童貞達は誰もが自己嫌悪に陥り――そして、その矛先を別へと向けた。
エスエスてめぇ! 彼女いないって言ってたじゃねぇか!」
「え? 俺?」
 クラスメイトの半数が一斉にエスエスに襲いかかる。
「ちょ、いやその……今彼女いないのはホントだって!」
「いつだー! てめーいつ彼女が出来てたんだー! 教えろやっ!」
 そして、クラスメイト以外の後輩や上級生達は――。
「お、おれ見えてないわ。うん。全然見えてないわ」
「アホか! 嘘こけや! さっきムッチャ睨んどったやんけ!」
「ふふふ、ここまで女どもから純潔を守ってきたかいがあったぜ」
 と童貞を隠したり、自慢したりと様々な反応を見せていた。
 教室はやたらとうるさくなったが、それでも矛先は自分から離れたのでアルジはほっとして再び机に突っ伏した。
 とはいえ、彼の楽園は再び息を吹き返し始めていたのである。



『つまり、童貞か処女を貫くと誓った者に我は力を与えることができるの』
 舌っ足らずな言葉で神様の幼女が教壇で演説をしていた。その言葉に生徒達からおぉ、という馬鹿っぽいため息が漏れる。狭い教室には今や溢れんばかりに生徒達が詰めかけていた。
 昼休み。事態の説明を求めた生徒達が詰め寄せ、神様による講演会が開かれているのだ。
 その横でアルジは黙々と弁当を食べる。この神様はアルジの体から一メートル以上離れられないらしい。おかげでこの様に教壇の横にある最前列の机でご飯を食べることを強要されているのだ。
「しつもーん! なら俺たちなら誰でも契約出来んすかー?」
『うん。普通の神ならばそれも可能なの。でも残念ながら、我は特別な神だから、ここにいる冴えない虚け者としか契約出来ないの』
 瞬間――教室中の視線がアルジに集中した。今日何度目かの視線の矢がアルジの全身を突き刺す。
「ど、どうぞ俺のことは気にせずに」
 顔を引きつらせながら両手でみんなをなだめるように言うが、敵意の視線は収まらない。
「更に質問です神様!」
 すちゃ、とユッキーが手を挙げた。
『質問を許可してあげるの』
「なんで、その虚け者としか契約出来ないの?」
 ユッキーの言葉に全員がはっとした。誰もが耳をすませ、神の言葉を待つ。思わずごくり、とアルジも息を飲んだ。
 そんな中、神は舌っ足らずながらも厳かに告げた。
『我は――でたらめを司る神だからなの』