冒頭さらし

なんか他の人の晒したものを批判ばかりしているのも卑怯な気がするので、晒します。
自分の書くのは、所詮はこの程度、ってことです。


『ナックルダスター』
プロローグ 魔物
 
 
 シンは戦っていた。
 魔物と戦っていたし、惰性と戦っていたし、疲れとも、眠気とも戦っていた。
 シンが魔物を見つけたのは、昨日の昼前だ。だから、もう丸一日以上、シンは攻撃を続けていることになる。
 レベル1の魔石しか持っていないシンの魔法では、この魔物にはかすり傷程度しか負わせることができなかった。まったくもって火力不足だ。
 体格の大きい、多分成熟しきった老体のような魔物。
 今のように圧倒的有利な状況でなければ、シンには攻撃を仕掛けることさえ憚られるような大物だ。
 魔物は、この辺りでは見かけるのことのない水竜。水の中を泳いで魚などを捕まえるタイプの魔物だ。三日前まで続いた大雨で、アジカ河辺りから紛れ込んだのだろう。
 大雨では、シンが暮らしているグロイコ村近辺でも、低地に水が溜まるなどの被害が出た。大河のアジカ河では、どれほどの増水になったことだろう。大河のアジカ河や、更にその先の海と呼ばれる地域に棲む水竜にとって、増水、氾濫した河川は格好の移動先だ。
 アジカ河からここまで、五〇イーリカ(約九〇キロメートル)はあるが、魔物にとって一日で移動できない距離ではない。
 増水した河川を調子に乗って遡上したが、水が引いて帰るに帰れなくなった、というところだろうか。
 陸に上がった魔物。水辺での勝負であれば、シンなどが敵う相手では全くない。だが、水が引いて、陸に取り残されてしまえば、話は別だ。いかに強力な水竜であろうと、陸では実力は出せない。六本のヒレで地上をはいずり回ろうとしても、素早い動きは無理なのだ。
 シンは、ある程度の距離を持って、火魔法を当てていく。大きな魔物相手に外すことはない。
 だが、レベル1の火魔法では、この魔物には、かすり傷程度しか負わせることができない。火力不足は明らかだ。なるべく同じ箇所に当てて、傷口を広げようとするが、なかなか難しい。間近から放てば少しは違うのだろうが、シンにはそれもできない。
 不用意に接近を許せば、一撃で殺されてしまうだろう。
 魔物が近づいてきたら、一目散に逃げ出し、また距離を取って、火魔法を放つ。
 適度な距離を保ちながら、少しずつ削っていくしかない。
 魔法を放ち、逃げ、また放つ。
 決められた単純作業の繰り返しだ。
 油断するとやられるとはいえ、さすがに飽きる。一日以上続けているので、疲れも溜まっている。
 それに、眠気も襲ってくる。体を動かし、何かあれば殺されるという緊張感の中で戦ってはいる。だが、緊張だけで一日持つはずがない。ふとした瞬間に、気を抜いてしまい、眠りそうになる。
 いちかばちか、懐に飛び込んで、至近距離から火魔法をぶつけてやろうか。
 などという不埒な考えも、浮かばないではない。
 ダメだ、ダメだ。
 シンは首を振って、その想いを否定した。
 あの魔物の力ならば、シンを一撃で殺せるのだ。不用意に近づくことはできない。
 これは魔物とシンの持久力勝負なのだ。
 冷静に、少しずつ、魔物の体力を削っていく。そうするしかない。それしかこの魔物と戦う方法はないのだ。
 シンは、魔物との距離を取るために、また走った。
 アジカ河の支流であり、グロイコ村の脇を流れるグロイコ川とは反対の方向に魔物をおびき寄せている。この先に川はない。潅木草原地帯が続く、水竜にとって不利な地形だ。
 とはいえ、いつまでも持久戦を続ける訳にはいかない。
 シンは丸一日寝ていないのだし、他の魔物に出くわさないとも限らないのだ。
 
 
 シンがこんな無茶をしていると知ったら、ガスパー先生は怒るに違いない。
 ガスパー先生は、シンの魔物狩りの師匠だ。六十歳を超えてから、辺境のグロイコ村に流れ着いた。
 それほど長く生き延びただけに、魔物との戦いでは、無茶をしないことが重要だと、いつも説いていた。
 シンとて、冷静に魔物の力を判断しなかった訳ではない。
 この魔物は水竜だ。
 倒すまでは力不足だとしても、慎重に距離を保てば、シンがやられる相手でもない。
 本来なら、村に逃げ帰って、ガスパー先生を呼んでくるのが、正解だったろう。
 それでも、これはチャンスなのだ。老成した大型の魔物が陸に取り残されたチャンス。
 魔物狩人としてステップアップするには、この機を逃す手はない。
 村まで行ってガスパー先生を呼んで戻ってくる間に、魔物は逃げてしまうかもしれない。
 いや、それはタテマエだ。
 シンは、この魔物を独りで倒したいのだ。この魔物を、魔石を、手にしたいだ。
 ガスパー先生なら、多分、手柄を横取りすることはないだろう。
 それでも、いやだからこそ、シンはこの魔物を独りで倒したかった。
 
 
 常に冷静に、魔物の力を推し量ること。勝てないと判断したら、逃げること。チームを組み、数をたのむこと。
 ガスパー先生が教えていたことだ。
 もっとも、最後の教えは、小さなグロイコ村ではなかなか難しかった。
 だからシンは、チームで魔物と戦うことを知らなかった。
 村の大人たちが農作業の合間にガスパー先生から手ほどきを受けることはあっても、本格的に魔物狩りを学ぼうという人はいない。
 ガスパー先生には魔物狩りで貯えたお金があるので、魔物狩りの授業料で食べていくという風でもなかった。身寄りのないシンなどは、ただで教えてもらっている。村から、いくらかの援助もあるらしい。
 基本的に、ガスパー先生の教えを受けるのは、シンとリルカの他、子供たちが数人いるだけだった。
 
 
 リルカ。
 彼女の顔を思い出すと、シンの顔に笑みがこぼれる。
 シンの幼馴染にして、初恋の相手。今でも、一方的に想っている相手だ。
 ちょっと気の強いところはあるが、優しく、気立てがよくて、可愛い。
 きっと将来は凄い美人になるに違いない。いや、今でも十分に美人だ。
 シンの見るところ、周囲の村々の中では、図抜けた存在だ。国都にでも出れば、もっと凄い美女がいるのかもしれないが、それも疑わしい、とシンは思っている。
 リルカが、この無茶を知ったら、どうするだろう。
 多分、ちょっとすねたように怒って、シンのことを心配してくれるだろう。
 決めた。
 魔物との戦いは、今日の日暮れまでにしよう。
 シンは決意した。
 リルカに心配をかける訳にはいかない。
 こっちも一晩寝ていないのだから、夜に入ってまで戦うのは、無理がある。暗いと魔物との距離を測りづらいし、一瞬でも睡魔に襲われたら、命取りだ。
 日没まで戦って倒せないなら、あきらめて逃げ帰るとしよう。
 村とは反対の方角に引っ張り出したし、問題はないはずだ。
 朝までには、村に帰れるだろう。明日の朝、家にいれば、リルカにはそれほど心配をかけることもない。
 リルカはほぼ毎日シンの家に来るから、今日、シンがいないことには気づいたかもしれない。明日もいなければ、シンがいないことに確実に気づき、心配するだろう。
 だが、明日の朝、家にいれば、大丈夫だ。これまでも一日家を空けることはあった。
 リルカに心配をかけないためにも、魔物と戦うのは日暮れまでにしよう。
 シンの思考は、すべてリルカが中心だ。若い男なんてそんなものだ。
 
 
 シンが魔物狩りを習っているのも、リルカのためだった。
 村の慣習では、きちんとした家柄の若い女性は、十八歳になれば、嫁に出される。リルカはシンより二つ年下だから、シンが二十歳の時に結婚することになる。リルカには兄も姉もいるので、家を継ぐことはないだろう。シンとリルカの結婚に、必ずしも支障がある訳ではない。だが、身寄りのないシンにきちんとした職までなかったら、リルカの親には見向きもされないだろう。
 一般的には、身寄りのないシンは、村の農作地で働くことが普通だ。暮らしていくだけなら、それで暮らしていけない訳ではない。
 だが、それで二十歳の時に結婚できるのか。
 リルカの両親が、シンの働き振りから将来を見込んで、ということでもない限り、まず無理だろう。そしてもちろん、村の農作地で働く身寄りのない男に、将来なんかあるはずもない。
 農業以外なら、職人か商人か軍人か。いずれも下積みの長い職業だ。どんなに才能があって運に恵まれたとしても、結婚までに、少なくても十五年、普通二十年以上はかかる。それまでリルカが独身を通すことは、とても考えられない。
 シンにリルカと結ばれる可能性があるとすれば、魔物狩人になることくらいだ。魔物狩人になることが、シンに考えられる唯一の道だった。魔物狩人ならば、基本的に、自分の腕だけで食べていける。若くして独り立ちすることもできる。
 シンが魔物狩人として若いうちに成功すれば、リルカの婚約者として胸を張って立候補することは、夢ではないのだ。
 そのためには、二十歳までに、魔物狩人として成功しなければならない。
 まだ後五年ある。
 シンは、あせってはいなかった。
 若いシンにとって、五年先は永遠の未来のようにも感じられていた。
 それよりも問題は別にある。
 美しいリルカには、十六歳くらいで婚約の申し込みがあるかもしれない。いや、きっとあるだろう。あるに違いない。
 リルカが十八歳までシンを待つのは、本人にその気があれば、の話だ。
 果たして本人にその気があるか。
 シンにとっては、それが一番の気がかりだった。
 それに比べれば、五年後のシンの実力などは、取るに足らない問題だ。
 自信がある訳ではないが、ない訳でもない。
 今のところ、ガスパー先生の門下ではシンはリルカに歯が立たなかったが、それは問題ではない。
 いや、問題なのか。
 事実上二人しか門下生のいないガスパー門下で、シンがリルカよりも弱い、ということは、シンはどべ、ということだから。
 だが、多くの人がレベル1魔法も使いこなせない中で、シンはこうして連発できている。
 それは凄いことだと、ガスパー先生は言う。
 まだ世界を知らないシンには、自分の実力がどの程度のものか、分からない。
 だが、魔物狩人としてそれなりの成功を収めることは、不可能ではないと考えていた。
 それに、まだ五年ある。五年もあるのだ。
 
 
 シルは、火魔法を放つ自分に、将来の自分を重ねていた。
 もちろん、こんな魔物など鎧袖一触で屠れるほどの実力の持ち主だ。
 五年先の自分の力は、どんなものだろう。
 
 
 と、あらぬ空想のため、魔物との距離が不用意に近づいた。
 
 
 魔物は息を潜め、小さくかがむ。
 火魔法を放つ厄介な敵を、初めて捕食圏内に捕らえたのだ。
 敵の動きを見据え、ヒレに力を溜める。
 こちらの攻撃さえ届けば、一撃必殺であることを、魔物も理解していた。
 いつでも跳びかかれる体制を保ちながら、ゆっくりと前進する。
 敵がすきを見せれば、すぐに跳びかかっても良いし、すきを見せなければ、更に近づくことができる。
 五本のヒレでいつでも跳び出せる準備をしたまま、残りの一本を少しだけ前に進める。
 前に進めたら、そのヒレに跳び出す力を溜め、別の一本を前に進める。
 確実に仕留められる位置まで、距離をつめるのだ。
 
 
 その行動に、シンも敵の射程に入ったことを知った。
 まずい。
 いや、やばい。
 まじで、ヤバイ。
 あまりの恐怖。初めての死の恐怖。
 魔物の大きな姿が、視界いっぱいに広がった。視界の中には、もう魔物しか入ってこない。
ここで魔物が動けばどうなるか、シンは本能的に理解した。
 殺される。一撃で食いつかれ、噛みつかれて、殺されるだろう。
 死の恐怖におののいて、足がすくむ。
 それは、動物としての自然な反応だったが、シンにとって、極めて幸運なことでもあった。
 
 
 もし足がすくむことなく、背中を見せて逃げ出していれば、たちまち、魔物にやられていただろう。魔物は、それを狙っていたのだ。
 立ちすくんだシンに、魔物がただちに挑みかからなかったのは、魔物が、普段魚を襲う水竜だったからだ。
 魚は、恐怖でパニックに陥った時に、硬直して身をすくめるという反応はしない。水の中を泳いでいるのなら、動きを止めてもしばらく惰性で移動し続けるし、水の外に出てしまったのなら、硬直という反応は死しかもたらさないだろう。水から外に出た魚は、激しくはねることで、水の中に還る。水の中に棲む魚にとって、恐怖という引き金がひかれたならば、極限まで体を動かすことが正しい反応なのだ。
 だから、魚が捕食者に襲われたなら、体を動かして逃げようとする。逃げないのは、捕食者に反撃する手段を持っている魚だ。
 逃げ切ることが不可能な敵と対峙した時の強い恐怖が全身の硬直という反応を引き起こすのは
脊椎動物が陸に上がってから適応した反応であろう。崖から落ちた時などに、身を固めて怪我を防ぐ適応であるのかもしれない。
 ゴリラ等の草食動物でも、威嚇や自分の身を守るために、他の動物を攻撃することがある。この時、逃げ出すような動物は、敵愾心ありとみなされて、どこまでも追いかけられ、攻撃の対象にされる。恐怖で立ちすくむような動物は、ゴリラにとっては身の安全を脅かすものではないから、ただちに攻撃の対象からはずされる。
 普段魚を獲っている魔物は、シンが逃げることを期待した。そこを襲おうと、待ちかまえた。
 だが、シンは逃げなかった。
 ならば確実に仕留められる距離まで近づくだけだ。
 
 
 シンは、立ちすくんで足が動かず、逃げ出すことができなかった。
 すぐにでも背中を向けて逃げ出したいのだが、体がいうことを聞かなかった。
 動け。
 動け。
 死の恐怖と懸命に戦いながら、何とか足を動かそうとする。
 動け。動けよ。
 一瞬が、永遠に感じられた。視覚以外の感覚は、消え失せていた。ただ魔物の姿だけが、今にも自分を捕らえようとする魔物の動きだけが、シンの目に映っていた。シンは火魔法を放ち続けていたが、それは惰性で続けているだけだった。
 動け。
 動け。
 よし、動いた。
 少しだけ、足が動いた。
 視覚以外の感覚が、急速に戻ってきた。
 前を向き、魔物を見据えたまま、ゆっくりと後ずさる。
 何かにつまずいて転んでしまったら、アウトだ。すり足で、大地を探りながら、ゆっくりと後退するしかない。
 後ろには、しばらくは岩も潅木もないはずだ。恐怖と戦いながら、さっき見たはずの光景を懸命に思い出す。
 本当は、何もかも投げ捨てて、今すぐ逃げ出したい。だが、その瞬間に魔物が跳び付いて、シンは餌食になるだろう。
 すきを見せないように、正面を見据え、後ずさりして、魔物の捕食圏内から離脱するのだ。
右、左、右、左、と、じれるほどにゆっくり、後退を試みる。
 だが、シンの後ずさりより、大型の魔物の一歩の方が、早いようだ。
 このままでは更に追いつかれてしまう。
 魔物の動きを誘うしかない。
 魔物がいつでも跳びかかる体勢にあることは、シンにも分かっている。
 それならば距離のあるうちに跳びついてもらった方が、かわせるチャンスはある。
 近づかれて以降、シンは火魔法を魔物の左前ヒレに集中して当てていたが、余りダメージは与えていないようだった。
 一撃をかわせば、次の一撃までに時間はあるはずだ。わざとすきを見せて魔物の攻撃を誘い、それを避けてダッシュで逃げ出す。
 問題は、どうやってすきを見せ、魔物の攻撃を避けるかだ。
 だが、決断しなければ、やられる。
 今は動く時なのだ。
 
 
 シンの火魔法は、魔物にも多少はダメージを与えていた。
 丸一日攻撃を受け続けてきたのだから、当然だ。魔物の体はあちこち傷だらけで、全体的に動きが重くなっている。
 捕食圏内に捉えてからの火魔法は、距離が近いこともあって、刺すような痛みを与えた。
 左のヒレの感覚がだんだん鈍くなってくるのが分かる。
 もしこのまま動かなくなったら、獲物を狩ることはかなわなくなる。
 火魔法を放つ厄介な敵。今は自分が敵を追いつめているが、ヒレがやられれば、今度は自分が狩られる番だ。
 まだ確実に捕らえられる距離ではないが、跳びかかるよりない。
 動かなければ、やられる。
 今は動く時なのだ。
 
 
 魔物は動かしていた一本のヒレを整え、六本のヒレで渾身の攻撃を行った。
 だが、それが失敗だった。
 重くなっている左の前ヒレを捨てて、五本で跳びかかるべきだったのだ。
 六本で準備動作をしたため、跳びかかるタイミングがシンにも分かってしまった。
 そして、左前ヒレの力が思った通りに出なかったため、攻撃がずれてしまった。
 左右三本ずつのヒレで均等に力を出せば、魔物は狙った方向にまっすぐ進むことができる。左と右が二本と三本の場合でも、それぞれどれだけ出力させればまっすぐに跳びかかることができるかを、魔物は経験から瞬時に計算することができる。
 だが、左右三本ずつのヒレで均等に力を出したつもりで、左の前ヒレだけ力が出なければ、どうなるか。
 まっすぐにシンを狙って跳び出した魔物の攻撃は、右ヒレの跳力が強くなりすぎて、左側にそれることになる。
 
 
 シンは、そこまで考えて、魔物の攻撃を左によけた訳ではない。
 左後方によけたのは、シンが、魔石のついた指輪を右手にはめていたからだ。
 右によけた時に、もしも転んで右手で身をかばえば、魔法を放つことができなくなる。左によければ、転んで左手で身をかばっても、右手は魔物を捉えることができるのだ。
 
 
 魔物とすれ違う瞬間、シンは至近距離から火魔法を当てた。
 そして魔物をかわすと、一目散に駆け出す。駆け出すのは、シンが予め決めていた行動だ。魔物が次の攻撃準備を整える前に、魔物の射程から逃げ出す。そうしなければ助かるチャンスはない。
 呼吸を止めたままで、全力でダッシュし、魔物との距離を取る。息が続かなくなった時に、少し速度を落とし、ゆっくりと空気を吸いながら、魔物を確認するために振り返った。
 と、魔物は、シンが思ってもいなかった行動に出ていた。
 さっきの位置よりも前に進み、逃げ出そうとしていたのだ。
 魔物はシンを狩ることを諦めたのだ。
 シンはそう理解した。
 先ほどの至近距離からの一発か、あるいは、狙い続けていた左前ヒレに、ダメージが出たのだろう。
 魔物は逃げ出す振りをしておびき寄せるような知能のある生き物ではない。そもそも、後ろに跳びかかるのは無理だろう。
 シンは、安心して魔物との距離をつめ、近くから火魔法を連打した。
 自分が逃げながら攻撃するのと違い、逃げる魔物を攻撃するのは楽だ。
 より近くから、何発でも好きなだけ連発して魔法を当てることができる。魔物の左後ろヒレに狙いを集中して、魔物の脚力を奪う。レベル1の火魔法でも、確実にダメージは蓄積されていった。
 勝負はもはや一方的だ。
「この分なら、日が暮れる前に村に帰れそうだ」
 シンは安堵の言葉を洩らした。