進捗報告 2/6 分

 とりあえず、話がぐねぐねになっていたので一から書き直すことにした。
 後52日しかないのでかなり心配だけど、一からの再スタート。
 追い詰められて燃えなければ男ではない。ファイトだ!!


序章 英雄星の少年

 ――星が遠い。
 この街を歩く度にいつもそんなことを思う。星がよく見えない――ただそれだけで随分遠くに来たような錯覚に陥ってしまう。この街で生まれたというのに薄情な話である。
 信号が青になる。
 少年は嘆息し、無造作に一歩前へと踏み出した。
 瞬間――巨大な鋼鉄の化け物が視界に飛び込んできた。突如現れたその化け物――トラックはここがさも自分の領域であると主張するように、大した速度もなく、悠然と少年の目の前を通り過ぎ、そのまま十字路を曲がっていった。自転車と同程度のスピードだったが、もし後一歩前に踏み出していれば轢き殺されているところである。
 周囲の人間が呆然と少年を見ている。前に踏み出したのは彼だけらしい。しかし、少年がそのまま歩き出すと、周囲の人間も何事もなかったかのように十字路を渡り始めた。
「やれやれだぜ」
 少年は嘆息する。信号無視で死にかけるのなど彼にとっては日常茶飯事だった。
 彼は一見して分かる変人だった。ぼさぼさの頭にフレームがぐねぐねに曲がったメガネ、そして所々がぼろぼろになっている学ラン。身に纏う全てが尋常ではない。身体的にも痩せぎすの短身痩躯でそれこそ漫画に出てきそうな風貌だった。
 そんな彼は夜空の狭さを嘆きながら、きらびやかで騒々しい駅前のセンター街を一人歩く。
 不意に、周囲でざわりと声が上がった。何事かと立ち止まる。途端、背後でズシン、と重い何かが倒れる音がした。
 振り返ると、近くにあった工事現場を支えている鉄柱の一つが倒れてきていた。幸い、周囲に人はなく、鉄柱の側にいるのは少年だけだった。
 少年は嘆息し、足早にその場から離れた。立ち止まっていては工事現場の人達に謝られたりと色々と面倒なことになる。人混みに紛れ、追ってくる人達を撒いた。
 これもいつものこと。どの場所であろうと、死にかけるのはいつものことである。
 友人に言わせれば、真面目に生きてないかららしい。普通の人間ならば、トロトロと走るトラックの側に近寄ったりしない。ぐらぐらと揺れて危なそうな鉄柱の側を歩かない。危機に慣れすぎて、危機感が麻痺しているのである。何年経っても、夏休みの宿題を最終日まで残す懲りない人間がいるが、少年はまさにその典型であった。
 そんな危機感のなさと元来のトラブル体質が常に彼を死と隣り合わせの日常へと引き込んでいた。もし、彼が平和な日本の生まれでなければ、早々に死んでいたところであろう。
 少年は近くの本屋で目当ての本を買うと、再び歩き出した。今日は欲しい本を買うために遠出をしていたのである。
 折しも帰宅ラッシュの時間帯。県内一の繁華街はどこも人混みで賑わい、歩きにくい。仕方ないので少年は人混みの少ない裏通りへと足を進める。そんな軽率な行動が更なるトラブルを招くという自覚は彼にない。
 そして、案の定、トラブルは彼の元へと足を運んでくる。
「Excuse me」
 流麗な外国語が少年を呼び止めた。振り返ると、妙齢の外国人女性が街灯の下に立っていた。
 彼女はぞくりとするほどの美女だった。露出の高い服は彼女の黒い肌を際だたせ、その肌は幾つもの金細工に包まれ、彼女が動くたびにしゃらしゃらと音を立てた。だが、なによりも少年を警戒させたのはその全身を漂う神秘的な雰囲気だった。
 街灯の下に立っているというのに彼女の姿は何故か掴み所がなく、霞んで見えるのだ。それどころか、彼女に声をかけられてから周囲がぼやけて見える気がする。
 少年は内心舌打ちした。トラブル体質の少年に声をかけてくるのは同類の変人か、仲のいい友人か、よっぽど困った人間くらいなものである。そして、少年の経験上、女に関わってろくなことがあったためしがない。
 だがそれでも、人に助けを求められたら断れないのが少年の性だった。
「May I help you?」
 少年の言葉に美女はへぇ、と笑顔を浮かべた。
「この国の人間は英語を聞くとすぐに逃げるものだと思っていたのだけれど」
「一応、義務教育で習ったので」
「なら、英語だけで会話していいかい?」
「御免被る」
「あら、なかなか自分勝手な坊やだね」
 少年は嘆息する。どうやら厄介なのに捕まったらしい。『御免被る』が通じる外国人などなかなかいない。
「で、俺に何か用ですか?」
「いいや、残念ながら、今は用がないね。でも、そのうち嫌でも会うことになる。
 そう言う星の下に私達はいるのさ」
 勿体ぶった言い回し。こういう人種には覚えがある。
「占い師さんですか?」
「《星詠み》と呼んで欲しいね」
 にたり、と黒い美女は笑う。
「フォーチュンテラー――星と運命の語り部。ジプシーにはそんな人がいるとか」
「その程度の知識は自慢にも値しないよ」
「…………用がないのなら帰りますよ」
 そう言って少年は踵を返そうとする。しかし、そこではたと気づく。果たして帰り道はどちらだろうか。彼女と会話している間に今居る位置が分からなくなっている。
「慌てるんじゃないよ。私はあんたに忠告しに来たんだよ、少年」
 少年は眼前の黒い占い師を睨む。恐ろしいほどの美人だと思うのだが、やはりその輪郭ははっきりしない。
「占い師はいつも同じことを言います」
「へぇ?」
「――あんたほど強運の持ち主はいないと」
 少年の言葉に女ジプシーは破顔した。
「あはは、そりゃあいい! 最近の占い師も捨てたモンじゃないね! よく星を詠んでいる!」
 ケタケタと笑うジプシーに少年は憮然とする。
「そんな顔をしなさんな。言っておくけど、その占い師達は嘘を言ってないよ。でなければあんたはとっくに死んでるところさね」
 少年は肩をすくめる。それくらいの自覚はある。
「なんていうか、あんたは勿体ないのよね。せっかくの英雄星なのに」
「英雄星?」
「そ。少年。あんたの名前は?」
 その言葉に少年は僅かに身構えた。この占い師に名前を名乗るのは何か危険な気がする。そんな少年の態度にジプシーはニヤニヤと笑う。
「それじゃあ、代わりに私が名乗ってあげよう」
 いつの間にか彼女は少年の目の前にいた。そして、背の高い彼女は上からずずい、と少年の瞳を覗き込んでくる。
「私は魔女クリオ・ムーサ」
 瞬間――彼女の輪郭がはっきりと浮かび上がり、浮世離れした神像のような美しき顔が少年の目に飛び込んできた。
 自ずと、少年は名乗り返していた。
「新河あるじ」
 すると、魔女はその神像めいた美しい顔をにたり、と俗っぽい笑みで歪めた。
「シンカワ・アルジ。いい名前だ」
 何も言い返せなかった。
 今、ここで重大な何かが決定づけられてしまった――そんな予感が少年――アルジの宮中を襲う。
 だが、そんな少年の不安とは裏腹に、魔女は満足げに、詠うように語る。
「では、アルジよ。気をつけなさい。この道の先であなたは運命を選択する」
 彼女が語るは星々の試練か。あるいは慈悲なのか。ただ、漠然としてつかみ所がない。
「――運命?」
「いかにも。私は悔いのない選択を祈るばかりさ」
 それはどういう意味かと尋ねようとした時――魔女の姿は視界から消えていた。愕然とする少年。
「――シンカワ・アルジに星々の祝福のあらんことを」
 無人の夜道に声だけが木霊した。周囲を何度見回しても、あの美しい魔女の姿はどこにもなかった。
「……何だったんだ一体」
 少年は首を傾げる。いかにトラブル体質の少年と言えど、心霊現象の類はほとんど経験がない。皆無とは言わないが、それでもあの魔女のような体験とは雲泥の差である。
 明らかに何かが変わろうとしていた。
 しかし、愚かにも、少年はいつもの通り、何の警戒もなく再び前へと歩き出した。こうした何があろうと変わろうとしない成長のなさが少年を更なる不運へと誘うのである。
 そして、その報いは今まさに現れた。
 夜道を歩く少年は十字路にさしかかった時――思いっきり横合いから飛び出した自転車に激突した。
「きゃあっ!」
 なにやら少女の悲鳴が上がる。だが、少年もそれどころではない。脇腹を自転車の前輪がモロにえぐり、恐ろしいほどの激痛が彼を襲っていた。メガネは弾き飛ばされ、視界はぼやけて果たして誰がぶつかったのかも見分けられない。
「大丈夫? ごめんね。 でも、あたし急いでるから!」
 おざなりに謝ると、地面で軽く痙攣する少年を置いて少女は再び自転車にまたがりその場から離れていった。
「……やれやれだ、ぜ。自転車に……激突するのは……久しぶりだ」
 未熟だった小学生の頃はよくぶつかっていたのである。久しぶりに激突した自転車は――やっぱり痛かった。とはいえ、度重なる経験で見た目よりも頑丈に出来ていた少年はなんとか起き上がり、どこかに飛んでいったメガネを探す。
 果たして今の激突が少年の運命だったのだろうか。あの魔女の警告とはそう言うことだったのだろうか。
「――だとするならば、そうそう勿体つけることでもないぞ、魔女め。これくらい、かつては日常茶飯事だったんだ」
 軽く負け惜しみを呟きながら必死でメガネを探す。
 と、その手になにか長方形の物体が当たった。
「ん?」
 手に取って見てみるとそれは漆黒のカードだった。手のひらよりは僅かに大きく、顔よりは小さい。
 やっと見つけたメガネを被って裏表を見返すが、やはり何もない。ただただ漆黒で、何の飾り気もないカード。何故かそれはあの魔女の顔を思い出させた。
 少年はしばしの間そのカードを凝視した。そして――。


「第一章 騎士星の少女」へ続く



 関係のないつぶやき。
 前回の指摘で。

>ましてこの主人公は過去何回も車にひかれかかっているわけですから、道路を渡るときは人一倍注意しているはずです。

 そうか、哲学さんは昔からよく車に轢かれかけてたけど、それは人一倍注意してなかったからなんだ。
 道理で……となんか長年の謎が解けました。