冒頭さらし

そろそろオフ会も近いので、名刺代わりに書いた原稿の冒頭さらしでもしてみようかなーっと。
このブログに参加したときから書いているやつで、どうにかラストまでたどり着きました(そのラストが気に入らなくて試行錯誤中なんですが)。
正真正銘、長編処女作です。おかしなところは有りまくりだと思いますが、とにかく書きたいことは書ききった感がありますね〜。
一応Googleドキュメントに全文上げていますが、推敲中なので読みにくいと思います。
http://docs.google.com/View?id=dghvvqm4_14fj6jf9dp


気になっていること
・文章が硬くないか? いまいち読みにくいような気がするがどう直せばよいか分からない。
・プロローグに物語りのクライマックスのプレビューを持ってきて、読者に「どうしてそうなっちゃうの?」という興味を抱かせて読ませる、というテクニックを使っている(つもり)だが、効果は出てる?


↓では時間がある時にでもどーぞ。


スウスウと砂漠の運び屋(仮)
【プロローグ】


 真っ赤な夕日に背後から照らしだされ、少女はその姿を影絵のように変えていた。少女の顔は紫色のベールに縁取られて、大きな瞳だけが影のなかに浮かんでいる。その背後には静かな湖のように滑らかな曲線を見せる砂漠が広がり、夕日を受けて赤くその湖面を染めていた。
 そのただ中に少女は立っていた。影に隠された少女の表情は幼くも、悟りを得た聖人のようにも見えた。その少女を見つめる男がいた。傍らに馬を立たせ、夕日に目を細め、寂しいような何かを諦めたような顔で少女を見つめていた。
 二人の足下には漆黒の闇が口を開き、両者を分断していた。
 男が口を開く。
「本当に・・・、なにか方法はないのか?」
 少女は笑うように目を細めて応えた。
「あったとしても、もう時間がないわ」
 少女の影絵は伸びをするように両手を延ばして跳ねた。
「もういいの! 私はだいじょーぶ!」
 少女は目をさらに三日月のように細めていった。その三日月から涙がこぼれ落ちる。その涙が男を狼狽させた。
「いいか、このあと俺が絶対に復讐を・・・」
「止めて! 良いんだってば。本当に・・・」
 少女は顔を両手に伏せて肩を振るわせていたが、吹っ切るように顔を上げた。大きな瞳は涙をたたえて潤んでいたが、夜空の月のような静寂さを保っていた。
「本当に、今日は楽しかったわ。今まで生きてきて一番楽しかったかも。だから、楽しく終わりましょう」
 男は少女の顔を見続けることが出来ず、掛ける言葉も浮かばなかった。
 少女はちらりと振り返り、地平線にほとんど沈んだ太陽を見て、ぽつりと呟いた。
「もう終わりね。・・・ありがとう。それにさようなら」
 男の見ている前で少女は漆黒の闇に足を踏み入れた。



【1.運び屋と少女】


 『砂漠の運び屋とは退屈との勝ち目の無い戦いを続ける者である』と言ったのは西の詩人か東の哲学者かは分からないが、砂漠を吹き渡る風に乗り運び屋たちの間に広く知れ渡った言葉だ。砂漠の運び屋たちは皆、諦めを含んだ溜息とともに同意するのだ。広い砂漠の点と点を頼まれた荷物を持って移動するのが運び屋たちの仕事だ。点を繋ぐ線である長い道中はただ広い砂漠を愛馬とともに何日も、ときには何週間も孤独に歩むことになる。だから運び屋たちは皆、独自の退屈しのぎの技に日々磨きを掛けることになる。ある者は笛や指ピアノの腕を磨き、ある者は美しい詩を吟じ、またある者はジョークや笑い話を捻るのに時間を使う(もっともそういう者の話しが面白かったためしは無いのだが)。
 砂漠に点々と足跡を残しながら依頼人の村へ向かっているその男の暇の潰し方は一風変わっていた。男とその愛馬は運び屋の仕事を長く続けているが、退屈との戦い方は一向に上達しなかった。


「334、335、336、337、338! またお前の勝ちだな」
 男は、眠たげな目をして黙々と歩く愛馬のたてがみを軽く撫でた。
「じゃあ次の草むらまでは何歩で行けるか、また賭けようか。俺は、そうだな250歩以上。250歩未満で行けたらおまえは累積ポイントが貯まってニンジン一本獲得だぞ!」
 馬は男の言葉にわずかに耳をひらひらさせただけで、また黙々と歩く作業に戻っていった。男はため息を吐き馬に話しかけた。
「やっぱりこれを旅の間中続けるのは無理があるよなあ。また暇つぶしの手段を考えないと」
 なんだか最近は暇つぶしの方法を考えるが暇つぶしになっているな、と男は思った。急になんだかおかしくなり、男は馬上でぷっと吹き出した。馬はちらりと自分の背中に心なし心配そうな目を向けた。男はその視線を手で制して言った。
「大丈夫だよ、まだ頭がおかしくなったわけじゃない。・・・でも早く次の暇つぶしの方法を考えないと――」
 また、あのやっかいなモノと出会うことになる、と男は心の中で呟いた。
 男は前回、アレと対峙したときのことを思い出していた。一人前の運び屋になり初仕事に行くときのことだった。男の師匠にあたる人から何度も言い聞かされていた。「砂漠を一人で渡るときは頭を空っぽにしてはいけない、必ず悪いモノが入ってくるから」という言葉を新米運び屋は軽く考えていた。
 熱気が揺らめく砂漠の地平線に、ちらりと何か黒いモノが蠢いた。まずい、このままではまたあのときと同じになる、男は必死に何か別のことを考えようとしたが頭の中は空回りするだけだった。ちらちらと蠢く黒いモノは段々と大きくなっていった。
 それは運び屋たちの間では良く知られたものだが、何であるかについては誰も知らなかった。それと対峙したときのことなど誰も思い出したくないし運び屋としての未熟の証しとなるので、どこでも議論されたことはなく、それゆえ名前もないモノだった。大きくなったり小さくなったり細く伸びたと思えば丸く纏まる。実際にあるものなのか幻覚なのかも分かっていない。ただそれに対峙した運び屋は酷い目に遭うのだけは確かだった。
 男のほうへ黒い影が近づいてくる。それに従って暑さに慣れているはずなのに汗が噴き出し心臓が不規則なリズムを刻み始める。男は自分の手首をもう片方の手で強く掴んだ。両の手首からズキズキという痛みが這い上がってくる。目を閉じることもできず、ただソレからは逃げられないのだという諦めのみが心に広がっていった。
 突然、それまで静かに歩いていた馬が身をよじり前足を振り上げて嘶いた。男はびっくりして落馬しないように馬の首にしがみついた。馬は前足を下ろすと先ほどと変わらないゆっくりとした歩調でまた歩きはじめた。男はしばらく呆然と馬の首にしがみついたまま目を閉じていた。目を開けたときには蠢く黒い影は消え、心臓の動悸も手首の痛みも治まっていた。男はため息を吐くと馬に話しかけた。
「お前にはまた借りを作っちまったな。それにしても運び屋を続けててこんなにアレに遭遇するのは俺ぐらいなもんだな。親方にまたどやされちまう」
 男は痛みの退いた手首をさすり、地平線へ目をやった。もうあの黒いモノは見えない。男は懐から水筒を出し勢いよく飲むと、吹っ切るように鼻息を吹き出し愛馬に話しかけた。
「よーし! さすがに一日に二回もアレに遭遇することはないだろうが、一応用心のためにさっきの賭を続けるぞ。もう草むらは過ぎちまったからな、そうだなぁ今度はあの砂丘の頂上までの歩数を賭けるか? お前には今回だけ特別にポイント2倍にはずんでやろう!」
 馬は耳をくるくると動かしただけで無反応だった。それまでと同じように眠そうな目で淡々と砂漠に足跡を刻み続けていた。


 辺りがすっかり暗くなり男が愛馬に2本のニンジンを奢る羽目になった頃、男と馬はある集落に着いた。集落の周りは昼間の砂漠とは違い、ひび割れた堅い大地が広がる荒野でところどころに尖った葉を持つ植物がこびり付くように生えていた。砂はなくただ生物を拒絶する厳しさだけが大地に広がっていた。
 集落はトゲのついた植物を巻き付けた木の柵で周りを囲んであり、その中には布で出来た大きなテントががいくつか立っていた。テントは所々から明かりが漏れて生活の気配を覗かせていた。集落の入り口の柵は小さく開けられていて、そのすぐそばに松明を持った老婆が立っていた。
 老婆は男が近づき馬から降りるのを見届けてから言った。
「あんたが運び屋かい?」
「あぁ、あんたが依頼した運び屋だよ。まずは飯と水を貰えるかい? 仕事の話しはあとにしようや」
 男は頭にかぶった白いフードと布の顔あてを取りながら言った。
 伸び放題の無精ひげで老けて見えるが、男は実際のところ20代前半ぐらいだろう。背はあまり高くないががっしりとした身体を白いゆったりとした服で覆っている。黒髪と黒い瞳、日焼けした肌はこの地方の人種のように見えるが、彫りの深い顔が西洋の血が混じっていることを物語っていた。あまり見た目に気を使う人間には見えないが、両手首には細かい模様が彫り込まれている皮の腕輪を填めている。装飾品はそれだけで、男の印象とバランスが取れていないように感じられた。
 老婆はその男の容姿を値踏みするようにじろじろと眺めると、無言で振り返ると柵の中に入り歩きだした。
 男は馬を手綱を引きながら、老婆のあとを追って歩きだした。


「仕事の内容については聞いてるんだろうね?」
 馬を厩に繋ぎ、老婆のテントの中で食事と水をもらい男が一心地ついたあと。老婆は鋭い目で男を睨み付けながら聞いた。
「人を一人、ここからオアシスの市場まで運ぶ。そいつを街にいる迎えの人間に引き合わせる。まぁ、だいたい合ってるだろ?」
「ということは詳しいことは聞いてないのかい。まったくあの商人ときたら調子の良いことばかり言いおって・・・」
 老婆は天を仰いで額に手をあて嘆いた。
「おいおい、安心してくれよ。俺は仕事についてはきっちりしてるって評判なんだぜ。とりあえず詳しい仕事内容を聞かせてくれよ」
 男はにやりと軽薄な笑みを浮かべて言った。
 その笑みは老婆には通じず、老婆はしばらく天を仰いだまま動かなかったが、気分を切り替えるように頭を振ると男に対して話し始めた。
「いいかい、これは我が部族にとってとても大事なことなんだよ。いい加減な気持ちでやってもらっちゃ困るんだ」
 男は心持ち居住まいを正し、きりっとした表情を作って答えた。
「分かってるますぜ。俺はどんな荷物も皇帝の王冠のように大事に扱って、毎回日の出のように正確に期日通りに届けている。これでも運び屋の仕事は長いんだ」
 老婆は値踏みするように男を眺めていたが、あきらめをつけるようにため息をつくと話し出した。
「まぁ、いい。どっちにしろ今からじゃ代わりはきかんわい。お前の仕事を信じることにするよ。まずはあの子を呼ばなきゃ話しにならん。スウスウ!」
 老婆がテントの入り口に向かって叫ぶと、すぐに小さな影が飛び込んできて老婆の隣にちょこんと座った。小さな女の子だった。長い黒髪を編み込んで一本にして後ろに垂らしている。褐色の肌をしていて大きな瞳が印象的な顔立ちだった。その瞳で男を興味津々に見つめている。
「これスウスウ、初めて会った人にはきちんと挨拶しろって言ってるだろ!」
 スウスウと呼ばれた女の子はバネのようにぴょんと立ち上がると軽く膝を曲げて挨拶をした。
「はじめまして、私はスウスウって言います。お婆様のようなすごい魔術師になるのが目標です。あなたがお婆様のお師匠さんのところまで連れてってくれる運び屋さん?」
 男はしばらく黙っていたが吐き出すように言った。
「参ったな。オアシス市場まで連れていくは子供だったのか」
 スウスウは早口で言った。
「まぁ、私はもう12歳よ、子供じゃないわ。それにお婆様、私が行くのってお師匠さんのところじゃなかったの? オアシス市場なの?」
「やれやれ、きんきん喋るんでないよスウスウ。オアシス街には師匠の村の者が来ることになってるんだよ。部外者に村の場所を教えるわけには行かないんでね」
 老婆は男に顔を向けると鋭い声で言った。
「子供だと何か問題でもあるのかね? 運び屋」
「いや・・・、問題というか、俺自身が子供が苦手なだけで」
「私、とっても大人しくしてるから大丈夫よ。ね、お婆様!」
 老婆はスウスウの声を無視して言った。
「とにかく、料金分の仕事をしてもらうからね、運び屋。出発は明日だ。詳しいことは明日の朝に話そう」
 男は少し言いづらそうにもじもじと座る位置を直しながら言った。
「まあ、仕事の話しは明日で良いですよ。・・・ところであんたは砂漠で長年暮らしてたんだろ」
「こんな荒れ地に追いやられる前はね。なんだい、訊きたいことがあるならさっさと言いな」
「運び屋仲間に伝わる話しで、砂漠を一人で渡るときに油断すると現れるモノがあるって話しがあるんだ。あんたなら知っているだろう? これって砂漠の悪霊か何かなのか?」
 老婆はフンッと不機嫌そうに鼻息を漏らすと言った。
「砂漠に居るもので怖いのは毒蛇とサソリだけだよ。それは黒い影のようなもんだろ? 旅商人からも聞いたことがあるよ」
 男は身を乗り出して質問を続けた。
「でも運び屋をやってるやつは一度はアレに遭遇しているんだぜ? 何か化け物みたいなものが砂漠に居るとしか思えないじゃないか」
「お前は街生まれか?」
「あ、あぁ、生まれは俺にも分からないが育ちは街だよ」
「だからだな」
 老婆はそれだけ言うと少し黙った。男は意味が分からず老婆に問いかけた。
「だからだなってどういうことだ?」
「砂漠生まれの人間はそんなものを見ないんだよ。――砂漠には何もない。砂漠と対峙するとき、それはまるで鏡のように働く。――心の鏡だね。街で育った人間は周りにいろいろなものが有りすぎて自分の心と対面することがほとんどない。砂漠で育った人間は生まれたときから自分の心と対話することを学んでいる。だからそんなモノは見ない」
 男は腕を組んで考え込んだ。それを見かねたように老婆が口を挟んだ。
「街で育った人間が一番怖いのは何だか分かるかい?」
「いや・・・、分からないな」
「自分の心の弱さを見せつけられることだよ。――お前さんの両手首に填めた腕輪で隠しているような弱さをね」
 男は反射的に両手を袖の中に引っ込めた。老婆はその様子を鋭い目で見ていた。
「あ、あの私はよく分からないけど毒蛇とサソリなら退治したことあるわ! こうやって後ろの死角から棒を使って――」
 スウスウは大きく身振り手振りを使って毒蛇とサソリの退治法を説明しようとしたが、それは老婆の声で遮られた。
「スウスウ、もう良いから客用のテントまで案内しておやり」
 スウスウは毒蛇退治の姿勢のまま固まりちょっと戸惑った様子を見せたが、勢い良く立って男のそばまで走りよると腕を引っ張った。男は引っ張られるままにテントを後にした。
 スウスウは老魔術師のテントを離れると急に早口で喋りだした。
「私、村の外から来る人と話すのって初めてなの。市場ってどんなところ? 砂漠って砂しかないって本当? この服って何で出来てるの?」
 男はうんざりした顔をすると、あの婆さんはくせ者だしこのちっちゃいのはうるさいし面倒な仕事になりそうだなと心の中でつぶやいた。


 出発の見送りは老婆一人だった。
 すでに地平線から頭を覗かせている太陽が新鮮な日光を大地に広げ、灼熱地獄を作り始めていた。
 運び屋の男は愛馬の頭をなでながら体調を見ていた。スウスウはさっきから興奮状態で老婆相手に自分の考える市場の様子を夢中で話していた。老婆はちょっとうんざりしたようすだったが「やれやれそんなことは明日に市場に着けば分かるよ」と言いながらじっとスウスウの話しに耳を傾けていた。
「なぁ婆さん、馬がちょっとヘタれているみたいなんだ。明日の朝に市場に届ける約束だったが、途中で休憩を挟まねえと馬が潰れそうだ。なんとか昼頃には着けると思うが、それで良いかい?」
 老婆の表情がきっと鋭くなり、眉間のしわがさらに深くなった。
「どういうことだい。昨日、日の出のようにどうのこうの言ってたのが笑わせるね。」
「まぁ、今回は不測の事態ってことで。ほら、太陽だって日食で陰ることもあるだろ?」
「ねえ、お婆様! 私はちょっとぐらい市場で遊ぶ時間が減っても我慢するわ」
「スウスウは黙っておれ。これは大事な約束ごとなんだ。運び屋のお前さんもそんな 気の抜けた心構えでやってほしくないね。お前さんの今までの荷物はどうだか知らないが、今回は時間はきっぱり守って貰わなければ困る。スウスウの命が懸かって・・・」
 老婆はしまったという顔をして思わずスウスウのほうを向いた。スウスウは不思議そうな顔をちょっぴり傾げて老婆を見返している。
 運び屋が口を開いた。
「まぁまぁ、大事な弟子の人生を左右する旅だってことだよな。分かった。分かったよ、その分の料金は引かせて貰いますわ。20ガド分の砂金って約束だったけど、ええい19ガドでどうだ!」
 老婆はしばらく考えていたが、何かを割り切った様子で何度も一人で頷いた。スウスウはその様子を緊張して見ていた。
「・・・明日の昼頃には着くんだね?」
「あぁ、それは確かだ」
「言っておくが、もし明日の日没までに着かなかった場合は、それ相応の罰を受けることになるよ。私が部族一の魔術師だってことは忘れてないね?」
「そんなに脅してくれなくたって大丈夫だよ。日没まで掛かってたら運び屋を続けてらんねぇからな」
 男は真面目な表情で老婆のしわに隠れた目を見つめ返した。老婆はしばらく男の様子を見続けていたが、一つ頷くとスウスウに向かって話しかけた。
「スウスウ、これからしばらくわしはお前の面倒を見てやれんぞ。お師匠の村でも良い子でいられるか?」
「もちろん! 私、今までだって良い子だったつもりよ。お婆様と離れるのはちょっと心配だけど・・・。うん、でも大丈夫! 私がんばってお婆様と同じぐらい立派な魔術師になって帰ってくるわ!」
 スウスウは目を輝かせて言った。老婆はその様子に、眩しそうに目を細め、なぜか悲しいような表情を見せた。
「おい運び屋、これが約束の砂金だよ。20ガド分はあるはずだ。ちゃんと確かめな。中途半端に安くして半端仕事をされても困るからね。最初の約束通り渡しとくよ」
 老婆は懐から布の小袋を出すと男に投げ渡した。
「分かった。必ず無事に送り届けるよ」
 男は真面目な表情で静かに言った。


 男は村にやってきたときのように白いフードと布の顔あてを付けると、馬の背中になれた様子で乗った。スウスウは馬上の男に手を伸ばし、男に引っ張り上げられ、男の前に座った。朝日に照らされ、馬と馬上のでこぼこな影を、大地にのばしていた。
「それじゃ、お婆様行ってきます!」
 スウスウは男の体の影からぴょこんと頭を出して振り返ると、老婆に向かっていった。老婆は何も言わず、静かに右手を上げて振っていた。
 男が馬の腹を軽く蹴ると、のっそりと馬は荒野を歩き始めた。荒れ地に伸びた一人の影と、馬上の二人の影がだんだんと離れていく。一人の影はいつまでも手を振っていた。
「侘びは言わないよスウスウ、これはお前を引き取ったときから決めていたことだからな・・・」
 老婆は誰に言うともなく、離れていく馬上の影に向かって呟いた。

(続)